妖怪たちの八百万
「井関くん!!」
四限目が終わって教室を出たところで担任の飯盛先生に声を掛けられた。振り返ると僕の目線より随分低い位置に先生の頭が見えた。視線を下げる。
飯盛先生。とても成人しているとは思えないあどけなさの残る顔立ち。150cmに満たないであろう先生の背丈では、大抵の生徒に対して見上げる姿勢をとらなくてはならない。首が凝ってしかたないだろうな、と思った。先生は僕を見上げながら、お洒落からは縁遠い黒縁眼鏡の位置を調整する。
「なんでしょうか。」
愛想がない、僕。
「うん、井関くん今日は顔色が悪いんじゃないかなと思って。今日は体育があったんだよね。暑かったし気分が悪くなったとかじゃないの。」
言われて気付いた。僕はそんなに顔色が悪いのか。でもそれは体育のせいではない。あの夢のせいだ。むしろ走ったことで少しは楽になったと思ったのだが。
「そんなに顔色悪いですかね。」
「うん。」
「でも、大丈夫ですよ。後は午後の授業だけですし、僕は部活動にも参加してませんから、真っ直ぐ帰るだけなので。」
先生の瞳が潤んだ気がした。次の瞬間には、はっきりと目尻に涙を溜めているのが、眼鏡の奥に確認できた。どういうことだ。僕はどうすればいいんだ。
「無理したっていいことないわよ。保健室に行ったほうがいいんじゃない。」
少し鼻声。周りを確認したが、皆それぞれに散って昼食をとっているようだ。こちらに注目している者はいない。
「あ、えっと、行きましょうか、保健室。」
「……うん。」
先生は眼鏡を押し上げて、手の甲で目を拭った。そして、満面の笑みをこちらへ向ける。授業以外での先生との接点はこれまで皆無だったが、今知った。この先生、けっこう厄介。
仕方がない。疲れているのは間違いない。あの保健室では休む気にはなれないが、というか、休めるのか疑わしいが、ここは先生の言うことに従うことにする。
「じゃ、保健室に。」
「行きましょ。」
「……。」
なぜ来る。