妖怪たちの八百万
なにやら物音が聞こえて目が覚めた。頭がぼんやりしている。いつもの通りの朝かと思ったが、窓から差し込む夕日に見て学校を早退したことを思い出した。ベッドの脇から聞こえる話し声に気が付いて上半身を起こした。
「お、やっと起きたか。」
そう言ったのは白髪の少女。よく見ると白髪の中に動物じみた耳が見えるような気がする。僕の顔を見て嬉しそうにに笑った。
隣には対極的に黒髪がさらりと流れる寝巻き姿の少女。こちらは僕から顔を背けるようにして若干不機嫌そうな表情をしていた。
「ほら、謝れ。」
白い少女が隣の少女を小突く。少女は嫌々という風に僕を見上げて、
「ごめんなさい。」
とだけ言った。何が起きているのか理解が追いつかない。この少女たちは誰なんだ、と思ったのでそのまま口にした。
「えーと、君たちは誰?」
「あん?」
僕の言葉に被せるように白髪の少女は言う。
「お前、まだ寝ぼけてんのかよ。あたしのこと忘れたってのか。」
「え?えーと……。あ。」
思い出した。この白髪の少女の名は環だ。僕と家族を黒髪の女性から救ってくれた。あれ、今日は夢の内容を覚えている。
「……ということは?」
環の隣で正座するこの黒髪の少女は?
「空也だよ。お前を襲った奴だ。」
環が僕の疑問に先回りして答えた。
「え、でもこんなに、その、小さかったっけ。」
黒髪の少女、空也はむっとした表情を見せる。僕は少し怯む。
「何言ってんだよ、まだ起きてねーのか、お前は。あたしがこいつを懲らしめてやったろ。あたしの火に焼かれて縮んだんじゃねーか。」
風船か何かか、と思ったが言わなかった。
「今回のことは全てこいつが仕組んだことだ。小賢しくもあたしを元凶に仕立て上げ、お前を自身に依存させてから夢を喰おうとしたらしいな。回りくどいことをしやがる。」
「回りくどいって言わないでよ、心象悪いでしょう。用意周到と言って。」
「それほど周到でもなかったろうが。結局計画は破れたし。」
「……。」
空也が黙ったのを見計らって僕は疑問を口にした。
「あの、そもそも君たちって一体何者?」
「あー、そうだな。それを先に言った方がよかったな。あたしたちはお前たちが言うところの妖怪って奴だ。」
「私は違うわよ。もっと気高いのよ。」
空也が環の言葉に抗議する。
「何が気高いだよ。食欲に負けて人を貶める奴が何抜かしやがる。」
言いながら、環は空也の頭を叩いた。
「痛ぁいぃ。やめてよね!!反省してるんだから。」
それにしても妖怪?
僕にはただの女の子にしか見えないが、この子達が妖怪だというのか。僕はうろたえながらも環に反論する。
「妖怪なんて現実にいるわけが……。そもそも妖怪って概念は人間が理解できない自然現象を無理やり説明するために生まれたものであって……。」
環は心底胡散臭そうに僕を見た。
「お前はそんな曖昧然とした説明を聞いて分かった気になっちまうのかよ。いいか、いるものはいるんだ。お前に見えなくとも、感じることができなくともな。」
環の獣を感じさせる耳がピクリと跳ねた。
「まあ、もうお前は見ただろう。お前の常識では説明がつかないような出来事をな。それを無理やり収めようったってそううまくいくもんじゃねぇ。認めればいいんだよ。人間には認知できない存在がいることをな。」
環は朗らかに笑った。
僕は何も応えることができない。目の前の少女二人が急に異質なものに感じられた。
「それじゃ、ま。そういうことだ。おい、貴様、もう二度と悪知恵働かすなよ。」
「やりたくてもできないわよ、こんな身体じゃ。」
「手加減したんだがな。」
「どこが!? 私、丸焼きになったのよ。」
「形が残っただけ上等じゃねぇか。調節を誤ればお前は今頃灰になって空を舞っていた。」
「……。」
言うだけ言って環は去っていった。残された空也はバツの悪そうな表情を浮かべていたが、そそくさと家を出て行った。
こうして僕一人の部屋に戻ると、環たちがここにいたという実感が希薄になった。全て夢か。これも悪夢の延長なのだろうか。そう思わずにはいられない。
知らないことが多過ぎる。理解できないことが多過ぎる。いや、理解はできているんだ。受け止めていないだけだ。
「全く、僕の人生何事だよ。」
誰にともなく呟いた。
驚いたとこにそれほど悪い気はしなかった。
第一話『灼熱に歪む夢』終