激しくも生き、されど終焉は … 穏やかに
天寧寺(てんねいじ)は井伊家ゆかりの寺。別名、萩寺とも呼ばれている。
彦根の城下町を一望できる佐和山の高台にある曹洞宗の小さな寺。
第十一代彦根藩主は直弼の父の井伊直中だった。その直中が権勢を振るっていた頃、欅(けやき)御殿奥勤めに若竹という腰元がいた。
若竹は若くてなかなかの器量持ち。そのせいか、ある日誰の子かわからぬ子を宿してしまった。
欅御殿奥勤め。それは男子禁制の厳格な職場。直中はその不義を咎め、若竹を罰してしまった。
しかしその後日、直中がよくよく調べてみると、若竹の不義の相手は自分の息子の直清であることがわかった。
直中は、自分の孫になるはずの幼い命を奪ったことを深く悔やんだ。そして、その菩提を弔うために天寧寺を創建した。
そこには京都の名工・駒井朝運が刻んだ‘五百羅漢’がある。
「亡き親、子供、いにしえの人に会いたくば、五百羅漢に籠もれ。必ず自分の探し求めている人に会える」
そう言い伝えられている実数五百二十七体の羅漢、それらが見事に奉られている。
高見沢は単純に「いにしえの人に会える」という言葉に心を惹かれた。
きっと‘村山たか女’に会える。そう信じ、訪ねてみた。
そして立方体のようなお堂の中へ入ってみて、びっくり仰天。
「えっ、これなんだよ、スッゴイなあ、羅漢さんがおるわおるわ……おるでぇ。仲良くずらっと並んでらっしゃる。表情が豊かで、頭に手を上げてる羅漢さん、楽器を引いている者、おまけにビ−ル腹のヤツまでおる──奇妙奇天烈な輩ばっかりだ!」
高見沢はまずその様々な姿に目を見張った。
「おっおー、あそこのお方はこの間亡くなった隣のオッサンに似てるよなあ。極め付けはあそこにいるヤツ、昔の上司にそっくりだよ。ホント、アイ・サプライズ(I surprise.)」
高見沢は「これが五百羅漢というものか、まことにお見事!」と驚愕し、そして大感激する。
高見沢はしばらく精神高揚の中で参拝をさせてもらった。その後、徐々に熱も冷めて冷静さを取り戻してくる。そしてもう一度よくよく考えてみる。何かしっくりとこない。
高見沢はやっとその理由が何なのかがわかった。そして思わず声を上げてしまう。
「みんな、みんな……男ばっかりだよ!」
その通り、五百羅漢には女性はいない。野郎ばっかりなのだ。
「俺が逢いたいのは、いにしえの女性、村山たか女。なんてったって彦根藩一番のベッピンさんだぜ。そうだったのか、これはシマッタぞ、いにしえの人に会えるって、五百羅漢は──男ばっかりだったとは気付かなかったよなあ」
五百羅漢では、高見沢の期待に添うことはできない。
「あきらめるしか手がないか。残念無念!」
高見沢はぶつぶつ言いながらお堂から外へと出る。そして、彦根城を遠望出来る見晴らし台へとふらふらと歩く。
作品名:激しくも生き、されど終焉は … 穏やかに 作家名:鮎風 遊