激しくも生き、されど終焉は … 穏やかに
あれは昨年のことだった。秋も終わり、もう冬の寒さを感じさせる十一月の半ばの久しぶりの休日。たまには多忙な仕事から解放され、気晴らしにと彦根城へと出かけた。
彦根は琵琶湖の湖東に位置する井伊家の城下町。三十五万石の城がそのまま残り、江戸時代の雰囲気が今でも漂う湖畔の町。
高見沢は城山を囲むお掘端をぶらぶらと散策した。そして何気なくふらっと立ち寄った所、それは埋木舎(うもれぎや)。
1860年3月3日、桜田門外の変で花と散った井伊直弼が、その若き時代を悶々と過ごした屋敷。実に暗い。
父・直中の十四男である直弼がまったく将来に希望が持てず、自分の人生を埋もれ木のごとくと卑下して暮らしていた。
時はその頃、京から彦根藩に舞い戻ってきた年上の女がいた。その女性こそが村山たか女。都の風とともに、直弼の目の前に忽然と現れたのだ。
村山たか女には、男を弄(もてあそ)ぶような危険な美しさがあった。
埋木舎での鬱々とした生活。直弼は、たか女に刺激的な悪の甘美を見出したのだろう。直弼はたか女に一目惚れ。一生懸命となった。そして、二人は恋に落ちてしまった。
多分、埋木舎の暗い部屋の中で、巳年生まれのたか女は直弼に蛇のように絡まり、愛を育んだのだろう。
しかし、直弼には刺激を愛とする愛は似つかわなかった。直弼の‘たか女’への愛は正妻をめとる頃から世間体もあり、打算の中で醒めて行く。
一時あれほどまでにも燃えていたのに……。それはたか女の愛の濃度が濃過ぎたのだろうか。淫靡な愛の果てに、直弼はたか女を捨てた。
そして、村山たか女が次に選んだ男。それは直弼の参謀でもある友人の長野主膳。まるで長野の女になることを狙っていたかのように。
しかし、たか女はいかにも自然の成り行きかのように、今度は長野との恋にもっと深く溺れ、女スパイへと変身して行ったのだ。
そんな三人の愛のドラマの結末。
それは──直弼が桜田門外の変で暗殺される。そして、好きで好きで堪らなかった長野主善は斬首(ざんしゅ)の刑。さらに、たか女自身は──‘生き晒しの刑’となった。
高見沢はたか女と二人の男の関わりを知り、好奇心に火が点いてしまった。
「う−ん、百七、八十年前に、こんな激しい生き方をした女性がいたのか」
こんな村山たか女に猛烈な興味が湧いてきた。
「本当のところは、一体どんな女性だったのだろうなあ? 一度で良いから逢ってみたいなあ」と気持ちが膨らんだ。
彦根城散策から帰った後、時間を見つけては高見沢なりにいろいろと調べてみたりもした。
そして年が明けた一月に、たか女に逢うために次の行動を起こしたのだ。それは天寧寺(てんねいじ)を訪ねてみることだった。
作品名:激しくも生き、されど終焉は … 穏やかに 作家名:鮎風 遊