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激しくも生き、されど終焉は … 穏やかに

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 高見沢は‘村山たか女’の年表を一通り読み終えて、その妄想の名残の中でじっと目を閉じる。
「ほんと、激しい恋であったよなあ。たか女が愛を絡めた二人の男、その直弼も長野ももうこの世にはいない。そして挙げ句の果てに、‘生き晒しの刑’か、たか女は死ぬ覚悟で受刑したのだろうなあ」  
 高見沢は目を見開き、さらに思考を巡らす。
「しかし幸運にも、たか女は助けられた。そしてこの金福寺で、妙寿と名乗って十四年間の尼生活、世俗を離れての寺での生活、もう刺激も面白さもない」
 高見沢は頬をぽんと叩いてみる。
「しかし、それでも再び生への執着を持って生き長らえて行く。たか女にそれができたのは、きっと二人の男との激しい日々の一杯の想い出があったからだろうなあ」
 高見沢は自分勝手に納得し、一人頷く。

「もう一つ、たか女には、心の奥底に深く傷付いていることがあった。それは自分が愛する男と好き勝手に生きて行くために、息子帯刀がいることを世間に、そして直弼にも長野にも隠し通して生きてきた。そして桜田門外の変の後、息子・帯刀が母・たか女を匿(かくま)ってくれた。そんな優しさを持つ息子」
 高見沢は自分の思考が核心に入ってきたような気がする。
「しかし残忍にも、たか女の目の前で一刀両断で殺されてしまった。こんな息子へ、過去、母として何もしてやれなかった。そんな自分がしてきた行動を、悔いたことだろう」
 高見沢の思考は止まらない。
「母としてもっと生きるべきだったのに、あまりにも女として自由奔放に生き過ぎてしまった。その結果、息子という一番大事な者を犠牲にしてしまった。もう悔やんでも悔やみ切れない、そう思ったのと違うかなあ」
 高見沢はたか女の苦悩に思いを馳せる。

「しかし、それでもまだ生きたい。二人の男との壮絶な愛の名残と息子への懺悔で、残り十四年間、六十七歳まで一つ一つの絆を死守し、生涯を全うしてしまう」
 高見沢は勝手な推察ではあるが、たか女のしぶとさに感心せざるを得ない。
「う−ん、あの幕末の時代にね。──女スパイ・村山たか女──、やっぱり蛇のような執念を持つ女性だったのかもなあ」
 ここまで考えを巡らせた。そして高見沢はもう一度ふーと深くて重い溜息を吐かざるを得なかった。

 金福寺の庭にも、春はもうそこまで来ている。高見沢は縁側に座って、二月の僅かな日溜まりの中でボ−としている。
 多分、村山たか女も、こんな春を待つ日に、この縁側に座って、直弼と長野との燃える日々の想い出に浸っていたのかも知れない。
 金福寺に吹きくる風が梅の香を一杯運んでくる。そして、村山たか女の心は……穏やかに。
「さあて、これからどうするかなあ」
 高見沢はやっと気持ちを一区切りさせ、腰を上げた。
「村山たか女を追っかけて、ここまでやって来てしまったか、俺もバカだなあ。だけど、もうちょっと追っかけてみるか」
 こんな懲りない結論を出し、金福寺を後にした。
「ここまでオッカケしてきた愛すべき女スパイのたか女、その生き様に──ビ−ルで乾杯でもするか」