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激しくも生き、されど終焉は … 穏やかに

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 時は流れた。
 1846年(弘化3年)、井伊直弼は三十一歳。その二月二日の早春に、公務駐在で初めて江戸へと旅立った。
 長野主膳と村山たか女が、その見送りで大垣まで付いてきた。
 直弼は十四男とは言え、公務が確実に増えてきている。そのせいか、たか女をどうしたものかと、その扱いに困っていた。
 そして直弼は、大垣の宿で長野に相談を持ちかける。
「たか女は絶対に別れないと言う。蛇のようなしつこさで困ったものだ。どうしたものかなあ」
 長野はたか女とのめくるめく一夜、その隠逸な出来事のことは隠し、さらっと答える。
「たか女の大蛇のような執念、きっとどこかで役に立つ時がきますよ。将来、我々に敵対する者たちのために使ったら良いと思います。──私にお任せ下さい」
 これを聞いた直弼は、こんな友人の助言に感謝する。そして直弼は、長野に一献を傾けながら申し付ける。
「わかった、長野。そちにたか女のことを全部任せた、頼むぞ」
 翌朝、直弼は宿を後にし、江戸へと出立した。そしてその時に一句の歌を詠む。
『ついに又 逢わんみの路の 別れとて 駒も涙も すすみ行くなり』
 そして直弼は見送りの人たちの中に、たか女が涙を零し、見送ってくれているのを見る。
「たか女、これが……最後ぞ」
 直弼はそっと最後の目配せをする。

 直弼が江戸へと出立する時、たか女は三十七歳になっていた。その美貌に、少し陰りが見えてきている。しかし、怪しさだけはより盛んとなり、男をクラクラと悩殺させる。そんなたか女は直弼がまだ好きだった。 
 しかし、最近とみに情(つれ)なく冷たい。もうかっての直弼はたか女の前にはいない。
 されども、こんな寂しさを、あの長野との狂った一夜以降、いつも長野がそばに居て優しく包み込んでくれる。
 これから直弼は遠く離れた江戸勤務。たか女はどんどんと長野主善へと心が傾いて行ったのだ。

 1850年(嘉永3年)、直弼・三十五歳。この時に事態が動いた。
 十二代藩主の兄・直亮が急死した。
 突然のことではあったが、井伊直弼は十三代藩主となった。さらに公務は増え、公人としてより多忙な日々が始まった。当然、たか女にかまっている暇などはどこにもない。
 そして1851年(嘉永4年)、それは直弼が三十六歳の時だった。江戸より藩主として、彦根に戻る。
 一方長野主膳の方は、妻の多岐(四十歳)が彦根の自宅で病死した。多岐は、長野がたか女と男女の仲であり、夢中になっていることを知っていた。その心の辛さと無念さを、長野にぶつけるように、その死の間際に詠った。
『迷ひ来し 浮世の闇を はなれてぞ 心の月の ひかりみがかん』

 長野はこの時江戸にいた。
 妻の死に目には会えなかった。そして、妻との死別の歌を詠んだ。
『寝ては夢 さめてうつつに 見る影も ありしにかはる 床のうへかな』
 そうは詠ってみたものの、その時すでに、長野の心はたか女の虜になっていた。