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お下げ髪の少女 前半

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「ジャズのコンボが演奏してるところがいいかな。なんて思ってるんです」
「……正直なところ、一度は大きいのを描きたいと思ってました。百号ならなんとか部屋に入ると思います」
「そうですか。じゃあ決まりだ。費用は云われた額を必ず出しますからね。但し三週間でお願いしたい。どうでしょうか」
「ここのはどれも二日で描いてます。間に合うかも知れません」
緒方以外の二人が笑顔になった。
「ありがとう!じゃあ、とりあえず材料費です。五万円入ってます」
高卒男子の初任給が四万円弱の時代だった。その封筒を受け取った緒方は、できる限り短時間に仕上げたいと思った。
「期間が限られているので、今夜から描き始めます。早速、画材屋へ行ってきます」
「頼もしいな。よろしくお願いしますよ」
店を出た彼は、急ぎ足で三分程歩き、信用金庫の近くのバス停に着いた。そこは路線が集中するところなので、バスはすぐに来た。まだ空いている路線バスの中で、美緒と二人でそのレストランへ行く場面を、緒方は想像した。緒方はもしもそれが実現したら、彼女と手を繋いで行きたいとも思った。
夕闇の迫る街並みを眺めていると、彼の気持ちが落ち込んできた。あの、背が高くてハンサムな小泉がふられたのだと思うと、自信はなかった。一生独身のままで、恋愛経験もなく人生が終わるのではないかと、いつものように思った。
そのとき緒方は、アンドレ・ジッドの「狭き門」の文庫本を握りしめていた。