お下げ髪の少女 前半
店内の壁には、緒方が描いた三点の油絵が飾られていた。どれもジャズメンの写真を模写したもので、それが油絵だと気付いた人物は一人もいなかった。時々、店の客に懇願され、売却した。それによる収入で、緒方は画材やレコード、書籍などを購入した。
「昨日パチンコで一万円儲けたよ」
そう云いながら、小宮は煙草の煙を吐いた。
「じゃあ、悪いな。俺にも一本くれる?」
小泉がそう云うと、小宮は箱のまま投げた。
「それ全部やるよ。昨日十箱取ったからさ。緒方はまだ煙草が駄目なのか?」
「親がうるさいから駄目だよ。すぐにばれるよ」
緒方の父は昔堅気の職工だった。母は競輪場で競輪新聞を売っていた。
小宮は急に叫ぶように云った。
「そうだ!小泉。美緒ちゃんに、昨日告白したのか?」
小宮があまりにも唐突に美緒の名を口にしたので、緒方はひどく驚いた。すぐにあのお下げ髪の少女を思い出していた。小泉が彼女に惹かれているらしいことは感じていたが、既にその想いを告白したかも知れないという情報に、緒方は驚愕した。
しかし、小泉は肩を落とし、黙ったまま煙草の煙を、ため息と共に吐き出した。
「駄目だったんだな。諦めろよ。ほかにも可愛い子はいくらでもいるよ」
「……彼女、もしかしたら誰かが好きなのかな」
俯いたまま、小泉が力なく云った。
作品名:お下げ髪の少女 前半 作家名:マナーモード