「不思議な夏」 最終章
仏壇に飾ってある祖母の写真がすーっと消えた。
もうそこに写っている必要がなくなったのだろうか・・・
翌朝仏壇に座った小百合は驚いた。
「ねえ、貴雄さん・・・祖母の写真が消えてるわ!どういうことかしら?」
「ええ?本当に・・・そうか、今まで志野はここから僕たちを見てくれていたんだよ。昨日一つになったから志野は安心してもとの場所へ帰っていったんだよ」
「そうなの・・・志野、ありがとう」小百合は手を合わせて泣いた。後ろで肩を抱いている貴雄は心の中で、「さようなら・・・志野、本当にありがとう」そうつぶやいていた。
平成11年一月の正月明けから大々的な工事が始まり、佐久間屋は解体され、新しく温泉と病院が併設される健康施設に生まれ変わろうとしていた。先代から受け継いだ広大な土地が心や身体の健康を取り戻すために使われることになった。
上田市に仮住まいを設けて貴雄と小百合は暮らしていた。春先には理香が男の子を出産した。そして、夏には小百合に待望の女の子が生まれた。理香が勧めた帝王切開をせずに自然分娩で小百合は生んだ。それほどまでに身体が若返っていたのだ。うそのような話に安藤夫婦も驚かされた。
赤ちゃんを抱いた小百合の表情は美しく、貴雄と並んでいても似合いの夫婦に見えた。理香は自分の選択が本当に良かったんだと確信した。あの日、貴雄が運んできた志野という女性にかかわった事で、自分や小百合が救われた。不思議な夏は不思議ではなく幸せな結末を与えてくれた。地域医療に貢献できる幸せ、予防医学を進める幸せ、そして何より愛する夫と、かけがえのない子供に未来を託すことが出来る幸せをこの地で噛み締める事が出来たのだ。
完成した施設の隣に貴雄たちは住む家を建てた。隣は安藤の家だ。あっという間に月日は流れていた。
「パパ!ママ!ただいま」
「お帰りなさい。早かったのね」
「うん、だって今日はお誕生日でしょ・・・志野の」
作品名:「不思議な夏」 最終章 作家名:てっしゅう