祖父の遺産
「刑事局は私の進言を受け入れませんでした。そこで相談の結果、内部告発という手段を執ります。仕方ありません、最後の手段ですが・・・。」
篠原の言葉に春子は身震いした。内容は分からないが、体を張った行動だと言うことは理解できた。
春子は、今自分が置かれている状況を体で感じ取っていた。
事実は小説より奇なりとは、こういう事を言うのだろうと、妙に納得していた。
松が明けた16日、東京は大雪に見舞われた。都内の交通は混乱をしていた。とは言っても春子にとってはたかが知れた雪だ。
「都会はどうしてこんなに雪に弱いの?」
そう言いながら、東京駅で待ち合わせた西条と帝国ホテルへ向かった。
「今日は、お父さんのことが聞けるかも知れない。」
西条はそう言いながらホテルの中に入った。春子は華やいだ雰囲気に呑まれそうになりながらも緊張して後に続いた。
ロビーでは年配の女性が二人を出迎え、エレベーターで部屋まで案内した。
オフィス専用の階なのか部屋の入り口には白いプレートがかかっていた。
部屋には白髪の老人がソファーに座ったまま二人を迎えた。その横にはボディーガードらしき目つきの鋭い男が立っていた。
「先日は突然に失礼しました。今日はまた貴重な機会ありがとうございます。」
西条は丁寧な言葉使いでその老人に挨拶をした。
「まあ、かけたまえ。よくおいでなすった。彼女が春子さんか。」
澄んだ声が、春子の気持ちを楽にした。コーヒーが届けられ、老人と西条はしばらく世情の話をしていた。
「失礼したな春子さん。西条さんのお父上にはな、大変にお世話になりましてな。大変に感謝してるんです。」
そういうと老人は春子の身の上を話し始めた。
春子の祖父は旧家の当主だったが、ある女性に子供を作った。その子供が父だという。
一応家に引き取られた父は、四男として育てられたが、成人するまで生みの母と一緒に過ごした。
その女性とは、セブリのミツクリのカミの娘だった。いわゆる山窩(サンカ)の長(おさ)の娘だったのだ。当時、サンカの人たちは表こそ出てこなかったが相当な力を持っていた。
生みの母の父が、その母の為に残してくれた土地が三十町歩の里山だったのだ。だから祖父がなくなった時に家督相続ではなく、その里山だけは四男の父に相続されたのだという。
それからの先は、西条が引き継いで春子に話した。
その山は昔からサンカの長のもので、登記上の面積は三十分の一の一町歩と少なく大変な縄延びの山であった。そのうえセブリの大勢の人の登記名義となっていたために父の名前は出てこなかった。だから父の土地を特定するにはかなりの時間と労力が要ったのだった。
開発局では道路と公共施設を作る計画を立てたが、その予定地に当該地が含まれていたのだった。
しかし登記上に父の名前がないために、真正なる所有者に辿り着くまでに二年の歳月を要したのだった。
それに買収価格は一坪当たり十数万円だという。もちろん実測売買である。そしてこの開発を推進するために、大規模の所有者である母の土地をいち早く契約する必要があったとも話した。そして共有で、しかも分散された登記であったこと、また価格交渉等で他の地権者の一部に不当な要求があったので母との契約を急いだこと。そして秘密扱いにしたと語った。
「春子さん、あなたにお渡ししたいものがある。」
老人が口を開いた。案内してきた女性秘書が白い封筒を老人に渡した。
「もう不要になりましたから、あなたにお渡しします。役立つこともあるだろう。」
西条はその書類に目を通すと身を正した。大変な書類らしかった。
春子にはすぐには分からなかった。
「この書類を春子さん、あなたに差し上げるのはね、あなたは私たちの仲間ですからな。いわば四分の一は血が繋がっている。その仲間が困っていることを見過ごすわけにはいかないのでな。それに西条さんのお父上への義理もあるから、あの世へ行く前にお返しもしたくてな。」
老人はそう言うと、お茶を欲しいと秘書に言った。
春子はそれから後のことはほとんど覚えていない。
老人から聞いた父のことが、頭の中を駆け巡っていた。
春子と西条は内幸町のビルの一室に戻った。西条の父が設立に関わった財団の所有で、会議室として使われているという。
「あの人はけっして表に出ない人なんだ。でも影響力は計り知れない。お父さんの話が聞けてよかったな。
書類は私が預かる。証拠書類だから・・・。それから今日からあなたの身を守らなければならない。そのつもりでいて下さい。」
「どういうこと?」
西条はソファーに深く座ったままゆっくりと話し始めた。
「この覚え書きとなっている書類は、政治家と政府の役人、銀行の役員、それにあの老人の署名がある。お母さんの土地を担保にして金が出ている。お母さんと国との契約は、契約違反で寄付採納に変えて処理された。」
何を言っているのか・・・。春子は頭の中が真っ白になっていた。
「あなたはこの犯罪の生き証人だから守らなければならない。この書類の存在は彼らにとっては致命傷だからな。それにしてもよくこの書類を渡してくれたものだな。春子さんがあの老人に気に入られてよかった。」
ようやく二人に笑顔が戻った。
「彼らって誰なの?」
「昔からいるんだ、悪さをする奴らが…。署名を見ただろ。」
それにしても金額が大きい。
「刑事局長でも手がつけられないから一度は目をつむったんだ。明るみに出ればとんでもないことになるからな。いいかこれだけは言っておく。この犯罪に対して私が対処するのは、あなたのお母さんとの約束を果たすためだ。あなたの為でも辰男さんのためでもないから肝に銘じていて欲しい。篠原は、自分が担当した事案の処理が結局犯罪の片棒を担いでいたことだったと分かって、私を欧州から呼び戻したんだ。
彼のお父さんは大変優秀な官僚だった。三年前になくなったんだがお父さんも正義漢だった。」
悪いことをする人もいれば目の前の西条たちのように正義を貫こうとする人もいることを知り、春子は心が温かくなった。
要するに、母が国と契約をした土地のお金は母の依頼で三年間支払いを据え置いた。その間に秘密保持条項の契約違反と言う証拠を作り上げられて、ペナルティーとして国へ寄付したことになってしまった。だから一度は母に支払われて、その後に国の預かりになっていたはずのお金も消えてしまったのだ。
その首謀者はある政治家と官僚、それに銀行も荷担していて老人も結果的に協力したのだと言うのだ。
所有権移転登記も嘱託登記の司法書士を脅かした様子があるらしかった。そして、その事に気がついた篠原と内部の仲間たちが今、証拠を集めているという。
「あとは現場の証拠と、他の証人等を引き離して彼らの安全を確保してやることだ。だから用心しないといけない。明治維新以来、今では反社会勢力と言われる力を利用してこの国は成り立ってきた現実があるからな。戦後の復興には彼らの力も利用した。もちろん今でもな。」