祖父の遺産
そして西条は内閣府のある部署の査察官で、開発局へはその部署から役目のために身分を隠して出向していたと初めて話した。西条を海外へ転勤させたのは関係した政治家の差し金だったとも語った。
春子はようやく事の真相を理解した。しかし春子の関心はあのお金がどうなるのかと言うことだった。 ・・・が、その事を口にすることは今は出来なかった。
「じゃあ、その悪い人たちを捕まえてよ。」
春子は西条に詰め寄った。
「あなたは生き証人だ、必ず守る。だから協力して欲しい。先ずこれから支払われるものはいいとして、今までの犯罪で使われてしまったものは、契約のやり直しをして補償できるように努力する。いや必ず補償する。だからこの捜査に全面的の協力して欲しい。いま告発して事件にしても、捕まえることは愚か立証して裁判に持ち込むまでにさえ何年かかるか分からない。ましてや彼らからお金を回収することは、すでに使われてしまっていて不可能だ。違う方法で必ず制裁をする。だから捜査に協力して欲しい。」
春子は、
「よく分かりました。言う通りにします。」
と答えた。
春子は雅人と浅間温泉近くの特別養護老人ホームへ来ていた。母の姉で雅人の母が入所していたのだ。
「入所できてよかったけれど・・・・・。」
雅人は母の面倒をみられない無念さをにじませた。
「お金がね、動いたらね、わたし老人ホームを造ろうと思うの。いつ動くのかしら。」
春子は外を見ながらつぶやいた。支払いがとまってから二度目の夏が過ぎようとしていた。
そのあと二人はお城の近くのレストランで辰男と合流した。
「西条さんは何をしているのだ。まだモタモタしているのか。」
雅人がいるためか威勢がいい。春子は『査問委員会にかけられた原因が辰男にある』と西条に言われてから、西条からの情報は極力最小限しか辰男に話さなかった。だから辰男は今日こそはとばかりに聞いてきた。
「あれからもう半年経つんだ。少しは進んでいるんだろ。岡田さんや高橋さんへの説明が出来なくて困っているんだよ。」
「分かってるって。それよりね、篠原さんが内部告発をしてから財務局を辞めたんだってよ。他にもね、同調者というか秘密を知って証拠を集めてくれた人も一緒にね。」
「それだと、うちは困らないか。」
「大丈夫。まだ内部の協力者が辞めずに残っているから。」
篠原ともう一人の協力者は西条の父が創設した財団の職員として採用され、東京へ転居していた。財団の理事長は西条の弟が就任しているという。
篠原は父親も元官僚で本人自身も優秀だったために上司から強く慰留されたが、結局自分を貫くためと言って辞職した、と聞かされていた。
「私の祖母の土地だったあの土地の代金は、大切にしなければね。」
春子は辰男に聞かせるように言った。
「昔ならあの土地はシノガラという組織に戻すんだってよ。でもね、あの書類を渡してくれた老人の代になってからはずいぶん変わったみたいね。おばさん、長生きしてくれるといいね。そうすれば私の老人ホームで看病できるでしょ。」
春子は、老人ホームを早く建てたいと思った。
それからしばらくしてゼネコンの談合が摘発された。官主導だと言う。
その年の総選挙に大物の政治家が三人引退した。どうして?と、マスコミは訝った。
それらの記事に隠れるように、財務局の部長と次長が相次いで大臣官房付に発令され辞職した。
春子の待ち焦がれた換金も次年度の予算措置がされたと、西条から連絡があった。そして、
『今度こそ秘密を守るように。もしこれ以上情報が漏れることがあったら、捜査妨害で逮捕する。』
と、忠告が添えられていた。
辰男は、身震いをした。
完