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てっしゅう
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「不思議な夏」 第十六章~第十八章

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「変な天気ね・・・どうしたのかしら」そう思いながら、いつもの薬草が生えている場所へと山道を登っていた。急な道ではなかったが、志野には少し堪えるようになっていた。妊娠と体力の低下がその原因だった。

「嫌だわ・・・すぐに疲れてくるようになって」そう感じながら、いつもの場所に着いた。持ってきた袋に草を見分けながら摘んで行く。子供の頃母に教えられた子供がする仕事でもあった。小百合は元気にはなっていたが、時折疲れがたまって伏せる事があった。志野は、母親に教えられた薬草を煎じて飲ませようと、貴雄に相談してこうして山に入るようになっていた。

一通り採り終えた志野は、もう真っ暗になりかけている辺りを見て、この様子じゃ山を下りられないから、明るくなるまで休んでゆこうと腰を下ろした。冷気が入ってきて肌寒さを覚えた。少し待っても雲が晴れなかったので、貴雄が心配するといけないと思い、勝手知った山道だからゆっくり歩けば帰れるだろうと、下り始めた。ごろごろと雷が鳴ってきた。夕立には早すぎる。奇妙な感覚に襲われながら、ふと嫌な事が脳裏をよぎった。

そうあの日と同じ様子になっている・・・と。
「急がないと・・・」
何故だか解らないが、志野はそう感じていた。足を滑らさないように慎重にしかし足早に下って行った。
遠くで声が聞こえる。確かに「志野!」と叫んでいるように聞こえる。声の方向に足早に志野は歩き始めた。暗闇に稲妻が走った。
「ゴロゴロゴロ!ドーン!」一瞬の閃光に目がくらむ。

その光の後に、貴雄の顔が見えた。
「あなた!ここよ!今行きますから・・・」
次に踏み出した場所に道はなかった。

志野が山に出かけて少し経った頃、貴雄は外に出て何気に山を見た。この辺りは晴れているのに志野が出かけたその山の上辺りに黒い雲が出ている様子を見つけた。
「変だな・・・こんな朝から夕立は来ないし。雨でも降っていると大変だから、傘を持って行かなくちゃ志野が困っているだろう」そうつぶやきながら、傘を持って、走り出していた。

雲の付近まで来ると、雨の気配はなかったが、ゴロゴロと雷が鳴り出したので驚いた。「志野!」と声を出しながら、道を登り始めた。
「確かこの辺りから上って行ったように記憶しているが・・・」以前に連れてこられた記憶を思い出しながら、道を進んでいた。

「志野!」
「あなた!ここよ!」志野の声が聞こえた。大きな落雷の音がして、閃光が光った後に、志野の顔が見えた。手の届く距離に志野は居た。しかし、志野が立っている場所へは少し迂回しないと行けない。道がくねっているからだ。貴雄の顔を見つけた志野は、なんとそのまま真っ直ぐに歩き始めたのだ。

「志野!そこは道じゃない!止まれ!」
「えっ?何ですか?聞こえない・・・」
貴雄は走り出した。志野の居るところまで懸命に・・・

二三歩、歩き出して、志野は足を滑らせた。
「キャ~・・・貴雄さ~ん、助けて」もう傍に貴雄は来ていた。手を差し伸べて、「志野!つかまれ!志野!」伸ばした手に貴雄の指が触れた。わずかに身体が止まったが、やがて指先だけの力では堪えきれずに・・・滑り落ちて行った。上から見ていた貴雄には、落ちてゆくその先に、あの渦巻きの目のようなものが見えた。

「これは志野が経験した時空の入口では!」そう感じたが、すーっと消えて行く雲から差してきた太陽の光にすべては包み込まれ何もなかったように静まり返っていた。

「志野・・・どこへ行ってしまったんだ!ボクを置いて・・・志野、答えてくれ!志野・・・」貴雄の嘆きはいつまでも続いた。疲れ果てて、自宅へ帰ったときはもう本当に薄暗くなっていた。

「貴雄さん、お帰りなさい。あれ?志野さんは」
貴雄は黙っていた。
「ねえ、どうしたの?変よ・・・何があったの、教えて」
小百合は何度も尋ねた。ボーっとしている貴雄に何度もだ。

「志野は・・・消えた・・・ボクの目の前で、滑り落ちて消えた」
「ええ?何を言ってるの!貴雄さん、しっかりして!」

小百合は安藤に電話をした。駆けつけた安藤と理香は様子が飲み込めなかったが、すぐに警察に連絡して志野が居なくなった場所を捜索してもらった。

「理香さん、安藤さん、小百合さん、志野は探しても居ませんよ。永久に・・・」
「何故、そんな事が言えるの?あなた夫でしょ、真剣に探したらどうなの!」叱り付けるように理香が言った。

「理香さん、あの日と同じなんだ。大阪城でのあの日と・・・」
「どういうこと?」
「志野は再びどういう訳か、時空の裂け目に落ちて消えてしまったというわけ。もうどの時代に行ったのか・・・それさえも解らない」
「貴雄さん、それ本気で言ってるの?」理香はおかしくなったんじゃないのかと、疑ってみたが、確かにあの日、志野はそうしてこの世界にやってきた。だとしたら・・・時空のゆがみを修正するために再び志野を連れ戻しにやってきたのだろうか。疑問が消える事はなかったが、二三日かけて行われた捜索でも足跡すら発見できなかったから、そう考えるしか貴雄にも理香にも、なかったのだ。

小百合は考えていた・・・ずっと志野が居なくなった日から仏様の前で考えていた。

仏壇には位牌と並んで写真が添えられていた。小百合は祖母の鮮明ではないが白黒写真を眺めていた。セピア色に変ってしまっているそこに写っているのは・・・手を引いて一緒に写っているのが母の雪江。線香の香りがいつまでも消えないぐらい仏間に小百合は居る。

「志野・・・どうしてしまったの・・・どこへ行ってしまったの・・・お婆ちゃん、教えてください。ねえ、何故あの時私に母様って言ったの?ねえ、何故・・・」この問答を繰り返していた。

貴雄は志野をなくした虚無感から毎日何もしなくなっていた。安藤や理香は慰めようがなく手をこまねいていた。あんなに活動的で、理性的で優しかった貴雄はもうそこには見られなかった。それほどのショックが襲ったのだろう、理香は治療に当たってそう考えていた。

「ねえ、あなた。貴雄さんの事どう思う?どうしたら元に戻ってくれるだろうか」夫の安藤に尋ねた。
「そうだね・・・深刻かも知れないなあ・・・小百合さんもショックを引いているようだし、理香、お前の腕の見せ所になるんじゃないのか?」
「そうね、専門ですものね・・・明日小百合さんと会って来ます。女二人で何とか糸口を探すように協力していただけたら・・・って考えたの」
「そうか、それが出来るといいね。それより、お前身体大丈夫か?」

理香は妊娠していた。三ヶ月になる。

「ありがとう、大丈夫よ。自分の身体だから・・・医者だし」
そういって、夫の心配を振り払った。この頃お腹の赤ちゃんのせいか、女らしくなってきたと自分で思っていた。だからこそ余計に小百合や志野の事を考えられるようになってもいたのだ。自分に出来ることを全力でやろう、そう理香は誓った。

「小百合さん、安藤です。お邪魔しますね」そう言って、玄関を入り居間に廻った。小百合は知らせを聞いていたので、和室のテーブルにお茶を用意して待っていた。

「今日はお願いがあってきたの。聞いて頂けます?」
「なに?かしこまって・・・私と貴雄さんの事よね?」