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てっしゅう
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「不思議な夏」 第十六章~第十八章

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「そうですね。お母様も退院が決まって安心しました。落ち着きましたら、私と貴雄さんの結婚式を挙げたいと思います。お母様もご一緒に志野の姿をごらんになって下さいませんか?」
「本当なの?そう、結婚式を挙げるのね!良かったわ。私の病気のせいで中止になったようだから気にはしていたのよ。お祝いさせて・・・日は決めたの?」
「安藤先生と理香先生もご一緒に挙式される予定ですの。お目出度いことですわ、私達の手術でご縁が復活されたご様子ですの。詳しくは存じませんが、若い頃にお付合いをされていたとかで、喜ばしい事に思っております」
「そうだったの、二重に目出度い事ね。大勢に方にお祝いして頂けそうね」
「いえ、お母様と合わせて5人だけで執り行う予定ですのよ。先生達も二人だけが良いって仰って、それで・・・貴雄さんもそうしようってなりましたの」
「考えての事なのね・・・いいんじゃない。なんだか感動的な式になりそうね。決まったら教えてね。準備しなくちゃいけないから・・・色々とね、考えている事があるって言ったでしょ。その事でなんだけど・・・」

小百合はいよいよ話すときが来たと自分に言い聞かせた。

小百合と志野が退院して一月ほど経った。明日は安藤家・宮前家、木下貴雄・志野の挙式が執り行われる。小百合の計らいで、真田神社の境内を借りて仏前で式が行われることになった。異例の二組、それも身内の参加者なしという挙式が執り行われる。寺の住職は詳しく聞かなかったが、お目出度いことに形式や習慣などいらないと快く理解してくれていた。

どこで手配したのか志野は十二単を着て参列した。その出で立ちは住職や寺の関係者を驚かせた。もちろん貴雄や安藤たちも驚いた。小百合は目の前にいる志野が幼い頃可愛がってもらった祖母にどうしても重なって見えた。祖母は50歳ぐらいでこの世を去った。まだ若い母を残して、小百合の手を握りながら息を引き取った。その間際に聞かされた言葉を小百合は鮮明に覚えている。「母上・・・」そう言ったのだ。きっと間違っている。ボケてしまっていたのだろう、「お婆ちゃん、小百合だよ」そう答えると、一筋の涙を流して、息を引き取った。小百合は昭和34年生まれ、現在51歳。母親は昭和10年生まれ。祖母の病名は解らないが、母親が16歳で自分を生んでくれたと話した事を覚えている。そしてその母もまた小百合が26歳の頃に50歳で亡くなってしまった。

母や祖母の死んだときと同じ年齢になって小百合は大病をした。現代医学の技術で生かされてその病魔を追い払った。志野という協力者のおかげだ。早死にの家系を断ち切った事は小百合にとって母と祖母からの因果関係を否定出来た。
厳かに執り行われている式に参列して、小百合の嬉しい気持とそれに反して言い様のない不安が頭をよぎった。忘れようとしても、目の前の幸せを見ていてもその予感は心の中で大きくなり小百合を襲う。

「小百合様、ご気分悪くなされましたか?」
寺の世話人が尋ねてくれた。
「いえ、お構いなく・・・大丈夫でございます」
気を確かに持ち直して、式が終わるまで頑張り続けた。

志野と貴雄、安藤と理香の挙式は粛々と行なわれ、時折参拝しに来た観光客や地元の住民を感動の中へ誘っていた。
「お二組とも綺麗な花嫁さんね!特にお若い方のお嫁さんは十二単がとても似合っていて素敵だわ」
見ている参拝客から声が漏れる。

住職は粋な計らいで、数十人ほどいた参拝客に二組を披露してお祝いを頂けるように声をかけた。
「突然ではございますが、本日ここに木下家、安藤家の夫婦が誕生いたしました。ご参拝の皆様におかれましては二人の行く末を是非祈願して頂けますよう、住職よりお願いを申し上げます」

パチパチと大きな拍手のあと、それぞれが境内に向かって「お幸せになられますように」と声を出して一礼をした。とても感動的な場面に4人と小百合は感激を新たにした。ひっそりと行なわれる予定の挙式が見知らぬ大勢からのお祝いに囲まれて終了できた事は永遠に記憶に残るだろう。

着替えを済ませて、控え室でこれからのことを少し話し合った。
「ねえ、志野ちゃんたちは新婚旅行へ行くの?」
「考えていなかったですね・・・新婚旅行か・・・どうする志野?」
「はい、あなたにお任せします」
「あれ、あなたって呼んだわね!初めてよね、貴雄さんの事そう呼ぶのは?」意地悪そうな目で理香はそういった。
「理香さん、恥ずかしいです・・・正式にお式を済ませて、気持ちがそう呼ばせたんです。これからはずっとそうお呼びします」
「なんだか、ボクも恥ずかしいなあ・・・」そう言った貴雄に、今度は安藤が笑った。そして、
「理香、キミもあなたって呼んでくれよ」
理香は横目で睨むように見つめて、
「はい、あなた」と呼んだ。
少しの間があって、5人は順に笑い出した。
この幸せな光景がいつまでも続きますようにと、小百合は願わずにおれなかった。

山里にも暑い夏がやってきた。妊娠五ヶ月目に入って、志野のお腹は少し目立つようになって来た。安産のためにも動かないといけないと小百合に言われて、宿の仕事をせっせと手伝っていた。年内まで今の営業を続けて、年明け早々から大々的な工事に入り、ここも生まれ変わる予定だ。

小百合は今の温泉宿家業を辞めて、大勢の人達が利用出来る介護施設を備えた温泉施設に改装しようと志野や貴雄に話していた。この話を聞いて、安藤が考えていた地域住民と一体になった総合病院との統合施設にしたらどうかと貴雄は思った。同じ場所に作ることによって経費や費用が削減できる。予防医学との関連を実践できる。大勢の入浴客とともに病院の宣伝も出来る。など、メリットを話して、小百合との話し合いを進めた。

介護施設は小百合が受けた恩を返したいという願い。入浴施設とリハビリ施設は予防とアフターケアーのために役立つと理香は話した。安藤は病院が中心部を外れても総合施設という利便さから、宣伝効果が高いと判断した。自治体に相談したら快い返事で、特別に資金の提供も検討すると幸先の良い返事になって、話は進んで行った。

安藤と理香はこの総合施設作りのために時間を惜しみたいと新婚旅行に出かけなかった。貴雄と志野は、報告を兼ねて名古屋へ行った。伯父と伯母に祝福を受け、志野の決断を高く評価してくれた。佐伯は結婚を祝ってくれ、子供が出来た事を自分の事のように喜んでいた。久しぶりの再会に瑠璃も志野の傍を離れることなくくっ付いて色々話をしていた。

すべてが順調に過ぎてゆくように感じられた。そして、暦は8月を迎え、日差しが暑い夏がやってきた。真田村の気温は町より多少は涼しい。日中は変わらないが、夜は冷房は要らなかった。この日も暑い日ざしが志野を照り付けていた。
「無理しないで、早く帰っておいでよ」貴雄はそう見送った。
山へ母のために薬草を採りに行くと言って、朝早く出かけたのだ。運動を兼ねた、この頃の日課になっていた。誰もこの日が最後になるとは考えても見なかっただろう・・・

出かけるときは青空だったのに、山中に入ると日が陰って来て、黒い雲が志野の行く手を遮っていた。