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てっしゅう
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「不思議な夏」 第十六章~第十八章

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貴雄は感激した。血のつながりというのか、同じ身体をしていたと安藤が言った言葉を思い出した。二人の間にある何か知られない秘密が存在しているように感じられた。

落ち着きを取り戻した小百合は志野に向かって言葉をかけた。
「志野・・・あなたがくれた命を大切にするわ。元気になったら考えていることがあるの。きっとあなたも喜んでくれるって思うから、話せるようになったら聞いてね」
「はい、お母様、お元気になられましたらお聞かせください。私はすっかり元気になっております。なんだか、おなかを切ってその・・・肝臓?を差し上げたなどと、とても思えないぐらい、元通りに感じられますの」
「そう!それは良かった。あなたは若いのね・・・羨ましい。私は薬が切れると背中のほうが痛くなってくるのよ。まだまだ回復までに時間がかかりそう。きっと先に志野が退院できるわね。宿はあなたたちが住むだけで構わないのよ。無理して再開しないで欲しい。それだけは言うことを聞いてね、お願いだから・・・」
「わかりました。ご無理なさらずにごゆっくり養生なさってください。志野はずっとお傍に着いておりますから」
「ありがとう、うれしいわ。貴雄さん、志野のことよろしくお願いします」

貴雄は頷いて、
「任せてください。身体に障るようですからこれで失礼します。毎日伺いますので、ご安心ください。なあ、志野?」
「ええ、そうですとも。明日も伺います」

名残惜しそうではあったが、話していると疲れるのだろう。息が荒くなってくるのが分かった。さようならをして、小百合の病室から出た。志野を乗せた車椅子は最上階にある個室へと帰ってゆく。すれ違う入院患者から志野は必ず声をかけられる。若いから、どうしたの?と聞かれるのだ。秘密にしている訳ではなのだが、移植をしたとは話さないで欲しいと安藤から言われているので、「ええ、交通事故で・・・」と誤魔化していた。そういえば大半の患者さんは高齢者に見受けられる。老後の大半を病院通いになってしまった人たちが結構多いのだ。ガン、脳梗塞、心筋梗塞、いわゆる三大成人病が後を経たないからだ。

治療とは別に予防医療に取り組まないと大変なことになってくる現実が見えていた。貴雄はそんなことを考えながら病室に戻ってゆくのだった。

個室に移って、一週間ほどで志野は自分で歩けるように回復をしていた。傷口もすっかり癒えて後がはっきりとは残っているが痛みは感じられなかった。入浴の許可が出た。万が一のことを考えて付き添いを必ずと看護士に言われていた。ためらいを見せたがやはり貴雄に付き添ってもらおうと願い出た。

「貴雄さん・・・志野の入浴に介護で付き添っていただけませんか?看護士さんにそう言われていますので」
「ああ、ここのシャワーでいいのかい?」
「いいえ、下の階の浴室のほうでと思っているのですが」
「そう、構わないよ。じゃあ言ってくるから」
「はい、30分ぐらいって決められているそうですが」
「分かった。待ってて」

ナースセンターに届けを出して、浴室に二人は向かった。久しぶりの風呂は志野にとって嬉しかったし、何より髪が洗えることが救いであった。長い自慢の髪を維持するには毎日の洗髪が大切だし、櫛を通す手入れもやりたかった。手の届かないところを貴雄に洗ってもらって、入浴を済ませた。原則患者ではない貴雄は入浴をしてはいけなかったが、ついでに入ってしまった。二人が浸かれる広い浴槽に並んで入って、恥ずかしそうにしている志野を貴雄は愛しく感じた。

好きだ、大好きだ、誰よりも愛している・・・
そんな気持ちが貴雄の胸を締め付ける。志野も同じように感じていることだろう。繋いだ手に高ぶっている鼓動が感じられたからだ。顔を見やって、やがて唇を寄せ合いその気持ちは確かなものへとお互いに感じるようになった。

「志野のこと傷つけたくなかったから反対したけど、今はキミの思いを果たすことが出来てよかったと思っているよ。安藤先生や理香先生には本当になんとお礼を言ってよいのか分からない。一度ならず二度まで助けて頂いたようなものだからね」
「はい、私も同じでございます。元気になれましたら、お二人のために何かお役に立ちたいと願っております」

志野もまた、貴雄と同じく医療への係わりを求めているようだった。

時間が経つのは早いものだ。術後一月が経過していた。志野はもういつでも退院できると安藤から言われていたが、小百合と一緒にここを出たいと延長を願い出ていた。さわやかな風が薫る5月のゴールデンウィークに世間が賑わいを見せた後の静かな日々が戻ってきていた。

「小百合さんの退院は来週末ぐらいに出来るかと思います。思ったより拒否反応も無く順調すぎるぐらいに回復しています。こんな移植例は多分少ないと思いますよ。今回は本当に運が良かったと言うほか無い適合でしたから」
安藤は、貴雄と志野に向かってそう話した。

「来週末ですか・・・もうすぐですね。良かった。先生には本当にお世話かけました。なんと感謝して良いのか言葉もありません」
「いいよ、医者として当たり前のことをしただけだから。それより、理香が話したいことがあるそうだよ・・・ちょっと待ってて呼ぶから」
少しして理香が入ってきた、志野の個室にである。

「貴雄さん、志野さん、聞いて欲しいの。私ね、安藤さんと結婚するの。あなたたちが退院したらすぐに。それでね、あなたたちも式挙げてなかったでしょ?私たちもこんな身だから二人だけでと考えているのよ。都合あわせて一緒に神前か仏前で式挙げないかなあと思って・・・どう?」
「本当ですか!・・・志野はどう思う?」
「はい!そのようになれば嬉しく思います。母にも見せたいので小百合様は同席させて下さい」
「そうだね、きっと見たいだろうね志野の花嫁姿は・・・」

安藤と理香は賛成した。この世紀の大手術に関係した5人で式を執り行うのだ。こんな偶然がそしてこんな目出度い事が出来るなんて、なにか怖いような気配を貴雄は感じていた。志野は妊娠していた。隠していた訳ではなかったが、確証が無かったから黙っていただけだった。

「志野からお話があります。子供が出来たように思います」
その場にいた貴雄、安藤、理香はそろって声を上げた。
「本当なの!志野さん・・・」理香は確認するように尋ねた。
「はい、たぶん間違いないと思います」


-----第十八章 未来への扉-----

小百合は志野から子供が出来た事を聞いた。良かったねえ、と何度も言って祝ってくれた。
「私もおばあちゃんね・・・フフフ、思っても見なかったけどきっと可愛いでしょうね。ほんとに今から楽しみだわ。志野、大事にするのよ」
「はい、解っております。きっと丈夫な子を産んで見せます。男の子でしたら、尊敬する幸村様から幸の字と、貴雄さんの貴の字を頂いて、貴幸と名づけたいです。女の子でしたら、なんてつけましょう?お母様・・・」
「まあ、気が早いのね、フフフ、貴幸くん・・・か、いいね。女の子の名前は貴雄さんがつけたいでしょうから、相談するといいわよ。どちらにせよ、今は身体を大切にね、志野」