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てっしゅう
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「不思議な夏」 第十六章~第十八章

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夫の母親の介護を終えて、二人の時間が訪れようとしていたのか、自分を見つめられることが出来て幸せそうに見えた。一人の死が二人の幸せを叶える。病気だった母親はその役目を交代してあげたのだろう、そう貴雄は感動した。志野の気持ちが本当は小百合のためだけでなく、貴雄との幸せのためだったんだと、この夫婦の会話から諭された。気高く清廉で思いやりのある志野の生き方が、貴雄には眩しく映った。時代背景が違うとはいえ、やはり資質であろう。急に志野が愛おしく感じられてきた。勘定を済ませて、病院の集中治療室の前に向かった。

ここで待っていよう・・・
いつも自分は傍にいる、そう貴雄は思って来た。
目が覚めた時、傍に自分が居た方が安心するだろう。

12時を回って少しして扉から安藤と理香が出てきた。
「貴雄さん、目が覚めましたよ。一時間ほどしたら個室に移しますから面会して構いませんよ。小百合さんも目覚められました。彼女はもう少しICUに居ますが」
「そうですか、ありがとうございます。一時間ほどですね?」
「ええ、待合で待っていてください。ご案内しますから」
安藤はそう言って、また中に入っていった。

もうすぐ志野に逢える、話が出来る、そう思うと嬉しかった。ICUの傍にある個室に志野は移された。しばらくは感染症の危険があるので、ビニールで囲まれた無菌室に居る事になるが、面会は着替えをすれば可能であった。顔色も良く、大変な手術を終えてきたようには見えなかった。傍に寄り添って貴雄は手をそっと握った。志野は貴雄に何か言おうとしたが、言葉が上手く話せなかった。麻酔が完全に抜け切っていないからか、意識が朦朧としているようだった。

「志野、話さなくていいよ。良く頑張ったね。小百合さんも元気らしいよ。よかったね。僕の声が聴こえるかい?」
志野は小さく頷いた。

「大切なのはこれからだよ。早く元気になって、小百合さんの手助けが出来るようになるといいね。焦らなくても構わないから、僕と一緒に頑張ってゆこう。安藤先生も理香先生もキミの事褒めていたよ。ボクも感激した。ずっとここまで一緒に暮らしてきて本当に幸せだよ。志野が居るから元気が出るんだ。今はゆっくり休んで、回復を待とう。また来るから、眠るといいよ」

繋いでいた手を離そうとしたが、志野は握っていた。貴雄の優しさが嬉しかったのだろう。離れたくない気持ちになっていた。身体は動かない、意識も朦朧としている。しかし、貴雄の声だけは、はっきりと聞き取れていた。自分の身体がどうなっているのか解らなかったが、小百合の役に立てた事が嬉しかった。貴雄のお陰で今日まで生きてこれたことへの感謝を、こんな形で恩返しが出来たのだから、志野には十分だった。早く元気になって貴雄と暮らしたい、そう願いながら再び眠りに就いた。

「貴雄さん、二三日でここから出て病室に帰れると思うわ。もう少しの辛抱よ、傍に居てやって」
入り口に居た理香はそう言った。
「はい、そのつもりです。近くで宿を取って通います。事務局で知っている所紹介していただけますかね?」
「志野さんの個室が使えるようだったらそこで寝泊りしたら?聞いてみてあげるから」

それが出来たら、助かると貴雄は思った。

通常病院では、個室が限られていて重症患者が優先となっている。今この病院に緊急を要する重症患者は志野たちだけだったから、個室を開放しなければならない必要がなかった。条件付で、事務局は貴雄に使用を認めた。安藤や理香が力を貸してくれた事は言うまでもない。健康な人間が寝泊りできる施設ではないからだ。

夜になって全館消灯となった21時半に、貴雄は志野と同じ病院の個室で一人ベッドに横たわり、眠りに就こうとしていた。いろんな事が思い出される。上の階で一人で眠っている志野のことを想い、寂しいだろうと胸が詰まった。あの若さでお腹を大きく切り裂いて肝臓を三分の二小百合に提供したのだから、大変なことだったに違いない。自分の身内に同じように提供できるだろうか、貴雄には自信がなかった。

命がけで生きるという事は、命がけで命を守るという事なのだ。それが自分の命であれ、他人の命であれ、同じように感じることが志野には、当たり前に出来たのだ。そのこと自体が凄い、貴雄はいまさらにそのことを肌で感じていた。

睡眠不足の身体はすぐに貴雄を襲い、熟睡へと誘った。カーテン越しに差し込む朝日で眠りから起こされたのは、すでに8時を回っていた。病人ではないから、6時半の回診がない。他の誰よりも長く寝ていられた。すぐに起きて顔を洗い、シャワーを浴びて志野に会うために病室を出た。まるでホテルから出て行くかのような錯覚を感じる、それほど個室の設備は充実していた。

志野は目を覚ましていた。貴雄の顔を見つけるとニコッと笑って、目を合わせた。白衣に着替えて、中に入り術後初めて言葉を交わした。
「おはよう、元気になれてよかったね、志野」
「貴雄さん、ありがとう、ずっと傍にいて下さったのね。昨日は上手く話せなかったけど、今日は大丈夫です」
「そうかい、よかった。何か欲しいものがあれば持ってくるよ」
「先生にお聞きしないと口に出来ないんです。お許しが出たら、甘いものが欲しいですわ」
「じゃあ聞いてくるよ。待ってて・・・」

貴雄は、医務局に行き安藤を訪ね、聞いてみた。
「まだものを食べるのは・・・無理ですね。病室に移すことが出来たら、食事をスタートさせます。もう少し待っていて下さい」
そうだろうと思ったが、志野にはまだ我慢するように伝えた。

小百合の意識がはっきりと戻りICUから病室に移されるようになった。志野はもう個室で貴雄と話したり流動物を食べたりが出来るようになっていた。この日、車椅子に志野を乗せて小百合と面会が出来るように貴雄は安藤に許しを申し出た。

安藤は傍にいる理香の顔を伺いながら、
「そうだなあ・・・理香、どうだろう?」
理香は小百合の様子から、
「少しなら大丈夫じゃない。早く話がしたいでしょうから二人ともね。お許しになったら?」
なんとも優しい言い方に変っていたので、貴雄はにやっとしてしまった。
「貴雄さん、どうしたの?にやっとしたりして」
「いやね、理香さんって、なんか最近変ったなあって・・・ごめんなさい、関係ない事言って」
「そう・・・そうかも知れないわ。あなたに話さないことがあるのよ。落ち着いたら言うわね」

それは二人の結婚の話であろう、貴雄はそう直感した。志野を伴って小百合の病室を訪れた。点滴が二本繋がれているその様子はまだ痛々しかったが、顔色は良く、入ってきた志野と貴雄の顔を見て、声を出した。

「志野・・・元気になったのね!よかった・・・心配していたのよ。貴雄さん、ありがとうございました。許していただいて・・・命が・・・」
その後は泣いてしまって声にならなかった。
志野は車椅子を傍につけて、小百合の手を強く握った。ただ泣いているだけでも二人の気持ちは強く深く繋がっていた。言葉で言うよりも手の温もりと心臓の鼓動が二人の感情を刺激してちょうどコピーをするように交し合っていけるのだった。