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てっしゅう
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「不思議な夏」 第十六章~第十八章

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「どうぞ、ごめんなさいね。話していたりして・・・明日またゆっくりとお話しましょう」理香はそう言って、安藤と一緒に部屋を出て行った。二人きりで手術の話をして、やがて男と女を感じるように変わってゆくのだろう。そんな気配が貴雄には感じられた。

小百合と志野は集中治療室に移された。隣同士で何本かのパイプに繋がれて回復を待っていた。ピッピッと規則正しく鳴る心臓音のモニターが同じ速さを示していた。呼吸を合わせて鼓動を合わせて二人は未来への希望を繋ごうとしていた。

安藤と理香は手術の経過を話しあっていたが、やがてお互いの今までのことに話題が変わっていた。
「ねえ、安藤さん。どうして独身で居たの?」
「縁がなかったんだろうなあ・・・君は?」
「私は仕事ね・・・忙しくしていたから」
「そうか、君は一流の医者になったからそうだろうなあ」
「やめてそんな事を言うのは・・・女として一流じゃないもの」
「そういう意味で言ったんじゃないよ。相変わらずだなあ・・・素直に受け止めなきゃ」
「そうだったわね・・・可笑しい!あなただけにそう言われるのよね、昔を知っているからかしら。父が自殺してもう自分が何をしていいのか解らなくなった時、仕事しかないって、あなたの事を忘れることにしたの。思い返せば今の私があるのはその時の決意から。仕事辞めてあなたに着いて行ったら違う人生があったのでしょうけど、今日の感動は得られなかったわ」
「理香、そう思っていてくれるんだったらやり直さないか?俺も今日の感動を自分のこれからの仕事に活かしたい。先進医療の必要性を上田でも勧めてゆきたいと願っている。君がパートナーになってくれればこんなに心強い事はないよ」
「安藤さん・・・私はあなたを捨てた女よ。未練でそう言っているの?」
「違うよ・・・ずっと忘れられなかった。好きだったんだよ」
「ほんと?ウソじゃない?女としてはつまらないかも知れないよ、それでもいいの?」
「今でも綺麗だし、スタイルもいいじゃないか。何の不足があるものか」
「ありがとう。あなたは優しいね、昔と同じ・・・やり直そうか・・・今度は大切に出来るかも知れない。ねえ、私あなたのお手伝いをずっとしたいから、今の仕事辞めても構わない?」

理香は衝撃的な言葉を口にした。


-----第十七章 回復-----

安藤は理香の言葉に耳を疑った。医者を辞めるっていう事は何を考えているのだろうか聞きたくなった。
「理香、辞めるってどういう事なんだ?さっき今日の手術に感動したって、言ったじゃないか」
「ええ、確かにそう言ったわ。そう感じたもの。志野ちゃんは偉いわ。実の母でもないのに命賭けて移植に協力した。16歳よ!私は医師としてやってきた事はある程度自慢できるけど、人として、いや女として志野ちゃんの足元に及ばないって・・・そう思えるのよ。あなたの妻になって子育てして、愛情豊かな女になりたいって、いけない?」
「理香・・・本当にそう思ってくれているのなら、俺は賛成するよ。いやむしろ歓迎だ、嬉しい。そこまで考えてくれる理香を絶対に幸せにする。誓うよ」
「安藤さん、そんなに褒めないで、まだこれからだから。今は志野ちゃんと小百合さんが退院できるまでここで頑張るから。結婚はその後にして、いいでしょ?」
「ああ、当然だよ、ぼく達には今与えられた使命があるから、まずは二人を無事退院させることが優先だよ。上田に帰ってからゆっくりと考えよう」
「はい、そうね、じゃあ約束の・・・キスをして・・・」
「理香・・・好きだよ、約束する」

安藤は理香を引き寄せ強く抱きしめながら、キスをした。何年ぶりだろう、いや十何年ぶりだろう。理香の温かい柔らかな唇が記憶に甦ってきた。
人の人生なんて解らない、安藤はそう思った。上田に帰ったら理香と二人で小さな病院でも始めたいと考えるようになった。本当に気持ちが通じる医療を目指したいとも願っていた。理香が賛成してくれたらその夢を叶えたい。高度医療の必要性と地域医療の必要性を上田市に提案してゆきたいとも考えていた。

今夜ほど、いやもう今は朝かもしれない、男の優しさが愛しいと感じた事はなかった。大人になって優しさが一段と身に沁みるのか、理香は安藤の腕にいつまでも抱かれていたいと甘えていた。

貴雄は目を覚ました。日が高くなっている。看護師に時間を尋ねた。
「すみません、今何時ですか?」
「はい、9時を回ったところですが。木下さんでしたよね?安藤先生から目覚めたら知らせるように言われております。よろしいですか?」
「はい、大丈夫です。顔を洗ってきます。少し待っていてください」

洗面所へ行き洗顔をして伸びている髭を持ってきたシェーバーで剃る。身支度を整えて戻ると、安藤は宮前と一緒に待合の前に立っていた。

「おはようございます。眠れましたか?」安藤が尋ねた。
「はい、あれから先ほどまで眠っていました。先生は寝られたのですか?」
「ぼく達は眠れない職業だから慣れているよ。どこかで眠らないと死んじゃうけどね、ハハハ・・・」
めずらしく機嫌の良い安藤に何かあったかな、と貴雄は勘ぐった。
「先生、手術の成功で気分を良くなされましたか?」
「どうしてだい?」
「なんだか機嫌がいいようで・・・そう感じたんです」
「普段どおりだよ、ねえ理香?」
にやっと笑って、頷く。今までの理香らしからぬ表情に貴雄は、やっぱり・・・と納得をした。それはまた後に聞くとして、志野の容態を尋ねた。

「先生、志野と小百合さんは目を覚ましていますか?」
「今見てきたけど、まだ眠っている様子だね。今のところ順調だから心配は要らないよ」
「そうですか、ありがとうございます。そうだ、今のうちに食事を済ませておこうかな」
「それがいいですよ。何かあったら連絡しますから、ごゆっくり行って来られるといいですよ」

携帯の番号を安藤に知らせて、貴雄は病院の前にある喫茶店へ入っていった。コーヒーの香りが気持ちよく鼻につく。モーニングを注文して、新聞に目を通した。志野の手術が上手く終わったことを伯父に電話で伝えた。心配させるといけないから佐伯には伝えていない。もちろん千葉夫妻や山田美香にもだ。

大きな病院の前の喫茶店にはいつも医師や看護師が休憩したり、患者さんの家族が居たりする。今朝もそうだろうか、中年の夫婦が眠たそうな表情でコーヒーを飲んで話していた。
「お母様・・・残念ね。長かったわね・・・この十年。でも亡くなってしまったら、なんだか寂しいわ」
「そうだな、お前には苦労かけたものな・・・ありがとう、としか言えないけど、落ち着いたら二人で出かけようか。ずっと介護でどこにも行けなかったから」
「嬉しいわ。そうね、あなたと初めて行った北海道へ連れて行って・・・第二の人生が始まるのよ、新婚旅行にしましょう」
「ああ、そうだな。それがいい。新婚旅行か・・・君と出会えてよかった。愛しているよ・・・」
「あなた、こんな時に・・・私もよ」