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てっしゅう
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「不思議な夏」 第十六章~第十八章

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深い眠りから醒めた志野は、準備した身の回りのものをカバンに詰めて貴雄の運転する車で信州医大へと向かった。昨日に比べて落ち着いた様子の貴雄を見て志野は安心した。この人と離れられる訳がない、そう思うのはむしろ志野の方であった。奥ゆかしいと言えば聞こえは良いが、言葉不足という点で相手に不安を抱かせる。貴雄のように包容力があって、優しく穏健な性格の男性に再び出逢うことは難しい。なんと恵まれているのかとずっと思ってきた。志野は自分の代わりになる人はいくらでも貴雄には居る、でも貴雄の代わりは自分には居ない、とそう強く思っているのだ。

どんなことがあってもそばを離れない。例え貴雄が妾を持っても自分は離れないだろう。貴雄との永遠を築くためにも早く子供が欲しいと願っていた。
車は医大の玄関に着いた。受付に名前を告げると待っていたかのように、担当の看護師が部屋に案内してくれた。そこは最上階の特別室だった。他の患者から移植の情報が漏れることを防ぐ意味でも個室にしてもらえたのだ。貴雄と二人で待っていると、宮前と安藤がノックして入ってきた。

「いよいよですね。こちらの準備は万全です。今から手順を話しますので貴雄さんも聞いていてください」
安藤がなにやらいつもより丁寧にそして緊張した面持ちで話し始めた。この手術が成功したら、宮前はお礼にデートすると安藤に約束していた。もちろん二人には知らせていない。そんな事が解ったら・・・ダシにされたと怒りを食らうであろうから。
聞き終えてその後すぐに二人は小百合の部屋に向かった。

「お母様、少しご無沙汰をしてしまいました。申し訳ありません」
志野と貴雄を見た小百合は言葉を詰まらせながら・・・
「ありがとう・・・私のようなものに、ご親切にして頂いて・・・お礼の申しようがありません・・・」と手を出して志野を抱き寄せた。

「遠い昔に両親からこう教えられました。人はその使命を果たせる時に天に召される、と。志野の命が小百合様の命に代わろうとするのならば、それが使命なんだと。天に召されるのならば本望です。先生は安心してくださいと、私に仰いました。きっと小百合様も私も助かって、今までのように仲良く暮らせましょう」
「志野・・・ありがたいことです。しかし、私の命などと取り替えてはなりません。危険があったら必ず志野の命を優先するように申し伝えてあるので、大丈夫ですよ。目が覚めてまたあなたと暮らすことが叶ったら、小百合は何も望みません。命の尊さに感謝し、守ってくださったご先祖の霊に手を合わせるだけです」

執刀医と安藤、宮前が部屋に入ってきた。
最終検査のために小百合は看護師とともに部屋を出て行った。間もなく志野も検査のために呼ばれるだろう。準備を待つために自分の病室へ戻った志野を見送り、貴雄は二人の医師に最後のお願いをした。

「安藤先生、宮前先生、志野をよろしくお願いします。小百合さんの回復に全力をお願いします」
「はい、医師としてこれほど使命感に感じる手術に立ち会えることを嬉しくそして意欲を感じています。必ず成功させて見せますので、応援してください。理香さんも手術のあとの精神面で協力をお願いしておりますので、その点でもご安心して頂けるかと思います」
「はい、心強く感じます。宮前先生はボクと志野の命を繋いで頂いた恩人ですから信頼しております。安藤先生をご紹介いただけて本当に良かったです」

理香はチラッと安藤を見やって微笑んだ。自分の推薦が間違っていなかったことと、また一緒に仕事がやれる時間が持てたことを素直に喜んでいた。インターン時代に同じ配属になった病院先で恋愛関係になった過去を思い出した。成績が優秀でなかった安藤はすでに5歳も年が上だった。始めはダメだしをしていた理香だったが、優秀過ぎて孤独感が強かった反動なのか、おっとりとした安藤に魅かれ始めたのである。

安藤は優秀で美人の理香を手にして得意げだった。ゆくゆくは結婚して一緒に病院を始めようとまで考えていた。転機が来たのは理香の両親の病気だった。インターンを終えてすぐに故郷の大阪へ帰らねばならなくなった。準備不足の安藤は一緒に着いて行く事が叶わず、遠距離恋愛になってしまった。長引く理香の母親の病状と父親の精神的病とが重なり、理香は恋愛どころではなくなってしまった。

勤務医としての勤めと、母親の看病、自宅での父親の看病と寝る時間もなく動き続けた。若さと体力がしばらくはものをいっていたが、やがて理香の体に異変が起き、赤十字病院へ入院することになってしまった。朦朧としていた入院の一週間で母親を亡くし、父親を自殺に追い込んだ不幸はその後の人生に大きな影響を理香に与えた。

精神内科医として悩める患者と接することこそ使命であり、亡き父親の二の舞を踏ませることを無くす事が供養になると仕事に集中した。結婚など片隅にも出てこなかった言葉であった。数年が過ぎ、あの夜志野と貴雄が運ばれてきた運命の出会いが、自分の心を少し押し開いた。純粋で清廉な志野の心に触れ、広く大きな優しさの貴雄に接し、男と女の関係がすばらしいものであることを考えさせられていた。安藤を思い出したこともその事と無関係ではなかった。

貴雄のことが好きになっていたのは隠せなかったが、今は安藤との再びの恋に花を咲かせようと思わないではなかった。理香と安藤を繋ぐ心の橋が築かれようとしている信州医大はまた、小百合の命を築こうともしていた。巡り合わせの偶然が命と恋を紡ぐ・・・生きていることの意味をこれ程知らされる事はないであろう。

手術が始まった。すべてが終了するのには朝までかかるだろう。誰もいなくなった薄暗い院内で手術中、の赤いランプがはっきりと照らせれていた。眠ることも無く待合室で待ち続けていた貴雄だったが、深夜3時を回ってさすがに睡魔に襲われた。

「こちらに来てはなりませぬ!私はここから飛び降りますゆえ・・・」
「志野!ボクだ、よく見ろ!敵じゃない」
「どなたか存ぜぬが、怪しいものよ!そなたに捕らえられて辱めを受けるよりは、死を選びまする・・・」
「待て!よく見ろ!ボクだ!貴雄だ!志野・・・志野・・・」
目が覚めた。夢を見ていた。志野が大阪城の天守閣から飛び降りようとしていた夢だ。目が覚めなかったら、志野は飛び降りていて貴雄はその遺体を目にしていたであろう。
そこにはあの時代を超える嵐の目が存在していなかったからである。

「いやな夢だったなあ・・・もしかして手術室からボクに何かを語りたかったのだろうか。そんなことは無いはずだ!うまくいっているに違いない・・・」
気がかりになっていたちょうどその時、物音がして数人の歩く足音が聞こえた。
駆け足で貴雄が待っている部屋に理香が入ってきた。

「貴雄さん、やっと終わったわ。長くかかったけど、成功よ!とっても感動的な手術だった。すばらしい技術だわ。きっと数時間後には目覚めてお二人とも話ぐらいなら出来るわ」安藤も入ってきた。
「お二人の身体はうりふたつのようだったよ。同じ人かと疑うほどにね・・・きっと合併症も無く、黄疸も無く回復してゆくと思うよ」
「ありがとうございました。安心しました。少し寝かせていただきます。なんだか疲れがきました」