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榊原屋敷の怪

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第三章 鐔鬼


私が生まれたのは貴様ら榊原家が収める町だった。
さほど大きな町ではなかったがそれでも私は満足だった。
あの日まではな……。
私は占いの才能があり、15歳を迎えると占いの店を開いた。
最初はあまり客はこなかったが次第に良く当たると評判になり客はだんだんと増えて行った。
そして私は雪夫と出会うことになる。
彼は病気で寝たきりの母の闘病生活の行方を占ってほしいと私の店を訪れた。
占いの結果は三日後に母は死ぬというもの
それから三日後占いの通り雪夫の母親死んだ。
しかし雪夫は私の占いを聞いていたためその死を看取ることが出来た。
翌日、彼は私の店を訪れ深く頭を下げて例を言った。
これが私と雪夫の交流の始まりだった。
始めは手紙のやり取りをするようになり、その後私たちは頻繁に会う様になり、そして遂には恋仲となった。
しかし私が17歳を迎えた年のある日悲劇は唐突に訪れたのである。
その日、いつも通りに占いを続ける私の元に町を納める大名である佐久朗が現れた。
超常現象などを好む佐久朗は、良く占いが当たると評判の店に遊び心で訪れたらしかった。
佐久朗は私に「では試しによの過去を当ててみろ」と言った。
私が占いで彼の過去を言い当てると佐久朗は大いに喜んだ。
そして私に満面の笑みを向けて言った。
「喜べ、そなたは今回の渦鎮の巫女だ。48年ぶりに執り行われる渦鎮の巫女となれるのだ。感謝せよ」
渦鎮が何のことなのか分からないまま私は無理矢理佐久朗の屋敷に連れて行かれ体中に経を書かれた。
そこで私は初めて渦鎮の説明を受けたのだ。
地下にある奉げの場と呼ばれる場所で巫女の首を斬り、そこから流れ出る大量の血を奉げの場の中央にある溝に流し込み、町を包む怨念を払う。
当然私は生贄になどなりたくなかった。
私は何度もやめてくれと叫んだが佐久朗は耳を貸そうとしなかった。
儀式を行えればそれで良い。
まるで奴は儀式を見物するために行わせようとしているかのようだった。
あまりに私が叫ぶので私は猿ぐつわを噛まされ、さらに目隠しをされた状態で奉げの場へと連れて行かれた。
そう、奉げの場とは今お前達がいるこの部屋だ。
儀式が始まり私は死を覚悟した。
しかし刀が振り下ろされる直前、屋敷に使える武士たちが部屋の中に飛び込んできた。
「佐久朗様、侵入者でございます。突如神田雪夫と名乗る男が屋敷の中に飛び込んでまいりまして、鐔鬼はどこだ、鐔鬼はどこだと屋敷中を荒らし回ったので殺害しました。一応佐久朗様のお耳に入れておいた方が良いかと思われまして」
武士の言葉を聞いて私は絶望した。
あぁ、雪夫は私が屋敷に連れて行かれたという話を町のどこかで聞き私を助けるために屋敷に飛び込んできたのだ。
そして結局彼は捕えられ殺された―。
そう、まるで虫けらのように殺されたのだ……。
私は殺されるまでずっと呪いの言葉を吐き続けた。
猿ぐつわをはめられているため、佐久朗には聞こえないのが残念でならなかったが―。


「そして私は殺された。丁度そこでだ」
そう言ってツバキは部屋の中央の溝を指差した。
それから指をすーっと移動させて叔母さんの持つ刀を指差す。
「私の首を斬った刀もそのような刀だった」
そう言ってツバキは憎しみに満ちた表情を叔母さんに向ける。
私が直接見つめられたわけじゃないが、それでも恐ろしいほどの寒気が背中を這いあがるのを感じた。
「あなたを殺した佐久朗はもうこの世にはいないわ」
「分かっている」
鐔鬼は不気味な笑みを浮かべて答えた。
「だから私は変わりにお前達を殺すのだ」
邪悪な笑みを浮かべながら鐔鬼がゆっくりと私たちに迫る。
私たちは反射的に後ずさったがすぐに背中に壁がぶつかり、それ以上の後退を阻まれてしまった。
「さぁ、その刀をよこせ。お前達の首も斬りおとしてやる」
ツバキが手を伸ばしながら私たちに迫る。
「やれるもんならやってみなさいよ!」
まるで自分を奮い立たせるかのように言いながら叔母さんは刀をツバキに向けた。
「勇ましいのは結構だ」
そんな叔母さんを鐔鬼が嘲笑う。
私はぎゅっと叔母さんの手を握りしめた。
「もう止めるんだ。鐔鬼!」
その時突如部屋の中に少年の叫び声が響き渡った。
その声を聞いた途端ツバキの表情が変わり彼女はあわてて振りむいた。
いつの間にか部屋の入り口に雪の様に真っ白な肌をした青年が立っている。
「雪夫……?」
信じられないと言った様子でツバキが言った。
少年はゆっくりとうなづく。
「あぁ、そうだよ。久しぶりだね鐔鬼」
その言葉を聞いた途端ツバキはユキオと呼ばれた青年に向かって駆け出した。
その瞬間、彼女の体が光り彼女が通った場所に不気味な日本人形が落ちた。
怨念と分離した……私にはそんな風に見た。
「雪夫……!雪夫……!」
ユキオの胸の中でツバキが泣き崩れた。
「ごめんよ……ずっと君を独りにして」
そう言ってユキオが優しくツバキの頭を撫でる。
「ずっとずっと寂しかった……真っ暗な蔵の中に独りぼっちで……それにとても辛かった……誰かを憎み続けることしか出来ないなんて……辛くてたまらなかった……」
「ごめんよ鐔鬼君を助けることが出来なくて……君が怨霊となってから何度も君を止めようとしたけど、怒りに支配された君の耳には僕の声は届かなかった……僕がもっと頑張れば君を救えたかもしれないのに……ごめん」
「うぅん、私こそごめん。雪夫が頑張って私の暴走を止めようとしてくれていたのに、それにまったく耳を貸さなくて……今やっとわかったよ、あの真っ白な犬は雪夫だったんだね」
あぁ、そう言うことか。
ようやく頭の中で全てのピースが一つになった。
犬の姿を借りたユキオはこれ以上ツバキに誰かを殺させない様に行動していたんだ……だから私たちを守ってくれたんだ。
二人は揃って泣き崩れた。
それから自分の愚かさを何度も謝り、そして再会を喜び合った。
しばらくして二人はゆっくりと立ちあがった。
申し訳なさそうな私たちに向けツバキは深々と頭を下げる。
「あなた達にも迷惑をかけたわね。ごめんなさい……」
「彼女を許してやってくれ。彼女だってずっと苦しんでいたんだ」
そう言ってユキオも深々と頭を下げる。
だんだんと彼女達に同情の念がこみ上げてきた。
それは叔母さんも同じようで、叔母さんは深々と頭を下げる二人に優しく言った。
「あなたが悪くないのは良く分かったわ。だからそんなに自分を責めないで」
叔母さんの言葉を受けてツバキは驚いたように顔を上げた。
「私を許してくれるの……?あなたのお母さんを殺したのに……」
「確かに母さんを殺されたのは悔しいわ。でもそれは貴女が望んでやったことじゃない、それが分かったからもう良いわ」
「ありがとう……」
ツバキが心の底から嬉しそうに笑った。
それを見て私も思わず微笑みを浮かべてしまった。
良かった……彼女の苦しみが終わって本当に良かった……。
作品名:榊原屋敷の怪 作家名:逢坂愛発