リレー小説『暗黒と日記』 第三話
微かに聴こえてくるピアノの音色。
小唄が弾けるわけないから、きっと柏原だな。それ以外の可能性は無いから間違いない。
靴下が滑って二度ほど転びながらも、二階の奥にある音楽室に辿り着いた。
振り返ると、真っ暗な廊下に少女Bの姿は無い。非常ベルの赤ランプがぼうっと灯っているだけだ。
もしかしたら、まだ理科室にいるのかも知れない。
いくばくかの罪悪感に襲われながらも、僕は音楽室の扉を開けることを選んだ。
さっきまで聴こえていたピアノの演奏は止んでいた。
ピアノの周辺には誰もいない。いや、この部屋のどこにも人影は見えない。
「小唄……?」
名前を呼んでも返事はない。
僕を怖がらせようと隠れてるのか?
「小唄!」
少し怒ったように叫んでも、暗い音楽室の中には静寂しかなかった。
もういい! 肝試しなんてやってられるか!
僕は扉の横にある蛍光灯のスイッチを押した。
でも、明かりは点かない。
何度押しても、世界は暗闇のまま。
なんで? なんで?! なんでだよ!!!
ぴりりりりりりりりりりりりり!!
「うぎゃあぁぁあっっ!!」
聴いたことのある電子音。
へたり込んだ僕が涙に濡れた目で暗い床を見れば、携帯がブルブルと震えながら鳴っている。
これは……柏原のだ!
手に取って開くと、”優季”と表示されている。
今日来なかった深澄優季からの電話だ。
誰かの声が聞きたくて通話ボタンを押してしまう。
『やっと出たわね』
落ち着いた声。たぶん深澄だろう。
『楠子? どうかしたの?』
「いや……あの……」
『え……? あなた、誰?』
深澄の声のトーンが変わる。
「八乃……だよ」
『楠子は? 楠子はどこにいるの?」
「えっと……ちょっと今は行方不明」
『まさか学校にいるんじゃないでしょうね?!』
詰問するような口調に胸の鼓動が高まっていく。
まだ深澄は何かを言っていたが、校内に鳴り響く鐘の音によって掻き消される。
十二時に……なったんだ。
作品名:リレー小説『暗黒と日記』 第三話 作家名:大橋零人