リレー小説『暗黒と日記』 第三話
真夜中の学校はいつもと違う印象を僕に与える。
でも、本当は何も変わらない。中で授業が行なわれていないだけで、建物自体は昼間と全く同じもの。
ただ、月の白い光が校舎を不気味に演出しているだけだ。
小唄が出発してから五分後、少佐に見送られて僕は校庭を歩き出した。
横にいる少女Bは僕の存在を忘れているかのように真っすぐ前を見据えている。
こうして落ち着いて見れば普通の女の子だ。ダサ古い格好だってワカメちゃんのコスプレに違いない。
少佐が日本刀で刺し殺されたのだって幻だったじゃないか。
柏原から変な話を聞かされて、きっと僕の頭の中がホラー色に染まっちゃってるんだ。
「あそこのドアだよね」
振り向いた彼女の瞳。
その奥の真実から、僕は目を逸らした。
暗い校舎の中はシンと静まり返っていて、まるでクーラーを全開にしているかのように寒い。上履きを履いていない足の裏に感じる硬くて冷たい感触は普段の廊下とまるで違う。
でも、亡霊なんてどこにも彷徨っていない。いるわけない。
「わくわくするね?」
「いえ、全然」
肝試しを楽しもうなんてこれっぽっちも考えていない僕は、競歩のようなスピードで廊下を進み、あっという間に理科室の前へと到着する。
平然とした顔でついてきた少女Bが無造作に扉を開けた。
「ひぃっ……」
口から飛び出しそうになった悲鳴を必死に抑える。
窓から差し込む月光に照らされた、ふたつの人影。
そのひとつは体半分の皮が顔から足先まで剥がされ眼球や内臓が剥き出しになっており、もうひとつは白骨化している。
彼女は表情を失くした顔でそれらを見つめていた。
もちろん、これは人体模型だ。理科室なんだから不思議でもなんでもない。落ち着け、僕の心臓。
黒板には小唄達が来た印があった。
「……もうすぐ十二時だね」
ホルマリン漬けの蛙の標本を眺めながら、少女が独り言のように告げる。
「えっ……?」
理科室に備え付けてある時計を見て、体の芯が急速に冷えていくのを感じた。
確かに時計の針はあと数分で重なり合おうとしている。
”深夜十二時になると、下校時間に鳴る鐘が鳴って、体を探して校舎内を死者がうろつきだすんだって”
ついさっき柏原から聞いた言葉が鮮明に蘇る。
僕は黒板に印をつけると慌てて理科室を出た。十二時にこの子とふたりではいたくない。早く小唄達の顔が見たかった。
「置いてかないでよ」
ぞっとするほど静かな声。
僕は振り返らずに廊下を走り、階段を駆け上って音楽室へと向かった。
作品名:リレー小説『暗黒と日記』 第三話 作家名:大橋零人