泉の中の恋(永遠の楽園,後編)第一章
その前に、なんとか、出てきた骨達を楽園にもどし、こじ開けたものを、成敗しなくてはならない。」
麻川は空を仰ぎ、言った。
記者達は、苦笑しながら、ペンを取っていた。
この、新興宗教の教祖のいうことは、正気のさたではない。
しかし、社に戻った、記者達は、麻川の言った予言に、冷や汗をかくこととなる。
ニュースはいきなり、飛び込んできた。
..ヨーロッパの某国の孤島で、銃乱射事件。死傷者、数十名..
「始まって、しまった..」
奈緒のスクーターのタンデムシートから、降りた、麻川は、蒼白な顔で言った。
「何が..何が、始まったんです。」
だだならぬ、気配の麻川に奈緒は聞く。
「心を、楽園の泉から、あふれた怨念に犯された人間に、大勢、殺された。」
麻川は沈痛を、身体の底から、しぼり出すように言った。
奈緒は、急いで、スマートフォンで、ニュースを見た。
ヨーロッパの某国で起きた、銃乱射による、惨劇が、目に飛び込んできた。
思想犯による、犯行らしい。
でも、どうやって、麻川は、このニュースを知ったのか..
教団の施設に、ゆらゆら、幻想のような足取りでもどる、麻川の後を歩きながら、奈緒は真夏だというのに、冷や汗をかいていた。
教祖の部屋に戻った、麻川は、奈緒とボイスレコーダーを前に、語り出した。
「厄難が、始まってしまった今では、猶予は一刻もない。
まず、イタリアと日本で、あふれでた、骨の怨念を鎮めて、楽園にもどさなくてはならない。
それには、なぜ、これほどの恨みをもって、二組の男女は、永遠の楽園に眠ったか、つきとめなくてはいけない
イタリアの骨の歴史は、考古学者にまかせるとして、谷川岳で、楽園から、あふれでた、高倉夫妻の、死の真相を、つきとめ、二人の怨念を沈め、霊を、楽園に戻し、安眠させなくては、ならない、一刻も早く。」
いつもの穏やかな表情からは、想像もつかない、真剣な眼差しで、麻川は、空を仰いだ。
怨念は次々に厄に変わる。
某国の列車事故は、速報で報道された。
奈緒は 麻川の話を全部、信じたわけではなかった。
それでも、次々に起きる、大惨事、そして、麻川の神の様な存在感に、圧倒される。
麻川は、言った。
「奈緒さん、協力して欲しい。
まず、三年前の事件の日のことを、調べて欲しい。
東野流水が、婚約者、土屋智子の部屋で、高倉けいに殺された日のことを、なんでもいいから、調べて、教えてください。」
奈緒は、うなずいて、教団の施設を出た。
もともと、この事件は編集部にいたころ、奈緒が担当していた。
自分のアパートの部屋に戻り、当時のファイルを開ける。
三年前の惨劇が、蘇る。
東野は、高倉けいの指紋のついた、包丁で腹部を指されたのが致命傷になり、絶命したと推測される。
殺傷場所は、東野の婚約者、そして、高倉けいの友人、土屋智子の部屋。
部屋の中は、おびただしい、血痕が、残っており、床に広げたままの、通常の三倍の大きさの寝袋が、放置されていた。
奈緒は、思い出した。
寝袋かあ、そういえばあったなあ..
たしか、山好きの、高倉けいと、友人二人が、一緒に寝てたとか。
三年前も 心にひっかかっていた。
奈緒は、麻川に寝袋のことを連絡した。
麻川はきっぱり、答える。
「奈緒さん、その、寝袋を、調べてください。
真相の鍵はそこにある。」
奈緒は、土屋智子の父親、土屋勝則に連絡を取り、土屋智子のマンションの部屋に向かった。
娘が見つかるまではと、勝則が、そのままにしてあった部屋は、変わり果てた姿で、発見された、娘を確認して、売却処分し、来週には、業者がくることになっていた。
父親の勝則は、3年前より、面識のあった、奈緒の、要望をきいてくれ、今日、部屋を見せてもらうことになった。
奈緒は、惨劇のあった、部屋に、借りた鍵を使って、入る..
部屋の中は、綺麗にかたずいており、3年前の惨状の痕跡はどこにもない。
そしてどこにも、寝袋はない。
クローゼットを開ける。
あった。
通常より、だいぶ大きい、巾着式のビニールカバー。
これだ。
部屋の床に出して、寝袋を、取り出す。
ジッパーを下ろし、中を見る。
頭の部分の裏側に小さな、ポケットがあった。
中を探る。
なにもない。
諦めて、手を抜こうとしたとき、かすかに硬い感触。
寝袋のタグか。
いや、そのタグの中になにかある。
洗濯表示のタグは小さな、隠しポケットになっていた。
中を探り、取り出す。
黒い小さなカード..SDカード..
奈緒は、SDカードを、いつも、持ち歩いている、小型ノートパソコンにコピーし、カードを元のタグの中に、戻した。
土屋智子の部屋を、後にして、近くのコーヒーショップに、入る。
カードのコピーを見る。
2001.5.11
第三作(永遠の楽園 最終章)
題名 まだ見ぬ君へ(永遠の楽園)
作者 高倉 弘
まだ見ぬ、君へ
この思いを 小説にして送ります。
君はきっと 驚いているでしょう。
この、小説を読んでいる、
透明な君の前に 僕はいない。
君はきっと、たじろいでいるでしょう。
なぜって思っているでしょう。
ごめんなさい。
この小説がすべての答えです。
真実はあの楽園にある。
まだ見ぬ、君へ
シクラメンの淡い白より
清く、透明な君よ
暗い闇におびえる、君よ
あの谷にいきなさい。
奈緒は、コーヒーを持つ手を宙に浮かせたまま、パソコン画面に集中する。
子一時間かかり、読み終わる。
この序章から、始まる小説は、東野流水が、A賞を取った小説、「永遠の楽園」の最終章に、間違いないものと思われた。
三部作からなる、「永遠の楽園」は、2部作まで、発表され、ベストセラーになったが、最終章三部作目は、世の中に出ることなく、東野流水、殺害という、最悪のシナリオで終わったはずだった。
しかし、ここに、「永遠の楽園」最終章は、ある..
奈緒は、眉間にしわをよせて、考える。
だけど、作者、高倉弘って.
高倉弘は、確か、東野流水の従兄弟で、東野が殺害される、2年ほど前まで、一緒に暮らしていたはずだ。
奈緒は、SDカードが見つかったことと、カードの内容のことを、麻川に、連絡した。
麻川は、しばらくの沈黙のあと、奈緒の携帯ごしに言った。
「やっぱり、そうか..、3年前の事件の事実は、まったく、逆だったんですよ、奈緒さん。」
「逆とは、どういう、ことなんですか。」
「高倉夫妻が、被害者で、東野が、加害者ということです。」
「それは..どうして、そういうことが、言えるんですか。」
「永遠の楽園の作者が、高倉弘だとすると、東野にとって、高倉夫妻の存在は、時限爆弾を抱えて、いるような、ものだったんですよ。一瞬にして、地位も名誉も失ってしまう。」
「だから..」
「だから、東野は、最初に、高倉弘を、谷に、突き落として殺し、高倉けいに怪しまれずに近づくために、高倉けいの親友だった、土屋智子に近づき、婚約した。
おそらく、土屋智子に手をかけて、埋めたのも、東野でしょう。」
奈緒は腑に落ちないことを、東野に聞いた。
作品名:泉の中の恋(永遠の楽園,後編)第一章 作家名:ここも