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泉の中の恋(永遠の楽園,後編)第一章

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麻川は二人の女性に、奈緒を、着替えさせた。
その間中、濡れて震える、奈緒の姿を、見ていた..

去年のあの日から、麻川は、奈緒を気に入ってくれ、独占取材をさせてくれている。

奈緒の会社の週刊誌は、飛躍的に部数をのばした。

奈緒の取材した、教団「真実」、教祖麻川、信者の女性達の姿は、メディアの中の見識者と呼ばれる人たちの見解とは、違った。

夫からDVを受け、体中に怪我をつくって、駆け込んだもの。
自分の存在価値がわからなくなり、自殺未遂を繰り返し、真っ白な顔で、駆け込んだもの。
母子家庭で長い不況、居場所がなくなり、子供を連れて、駆け込んだもの。

メディアは、そういう、弱者の精神に、麻川がつけこみ、取り囲み、ハーレムを作ったと、報道したが、奈緒の取材で、それが違うということが、明らかになっていった。

ここにいる、女性達は実に幸福だった。
みんなの微笑みが、施設の中を循環し、天にある、楽園の様相をあらわしていた。
家族や、恋人などというつながりより、もっと、神がかったつながりが、麻川を中心にした、女性達の輪には、ある。

ある日、麻川に、核心の質問をした。

麻川は、女性達と、身体のつながりは あるのか。

「信者の方々と、麻川さんは、身体の関係は、あるんですか。」

奈緒は、回り道をせずに、唐突に聞いた。

麻川は、瞬間ぴくりと、まゆが動いたが、また、いつもの穏やかな、表情にすぐ戻り、答えた。

「ありますよ。
ここにいる信者は、みな、一つですから。」

「一つとは、どういう、意味なんですか。」

「世の中で、愛だとか、いっているものだと、思っていいです。」

「愛とは、そんなにたくさんの人に向かって、いけるものなのですか、ごまかしているんじゃないですか。」

奈緒は、むきになっていた。どう考えても、男の都合にしか、思えなかった。

「僕と一つになることによって、いやなことが忘れられて、穏やかな気持ちになれば、それは愛です。
僕にとっても、相手にとっても、周りのみんなにとっても。」

「それは、私にはとても、理解できません。
愛とは、そんなことなんですか。
それは、神の教えに反してるんじゃ、ないですか。」

麻川は微笑んで、答える。

「僕は、神なんて、信じたことはないですよ、一度も。
ここにいる、みんなもそうです。
僕達は、最後には、神が近づけない場所、永遠の楽園に行くんですから。」

「永遠の楽園とは、なんですか、どこにあるんですか。」

「さあ、どこにあるんでしょうね。
ああ、そういえば、二年前の、作家の東野流水さんが、殺された事件。
あの時、東野さんを殺した、女性。
ご主人の後を、追って、身を投げたんじゃないかと、いわれてる女性です。
あの、ご夫婦は、楽園にいますよ、きっと。」

また、意味不明のことを言った。きっと話をはぐらかしているんだ。
奈緒は、空回りする、会話に、手を焼く。
そうして、一年、麻川の元に通いつめて、独占で取材をした。

おもしろくないのは、他のメディアである。
そして、なにもかも、わかったように、解説する、見識者と呼ばれる人種。

奈緒に、圧力が、裏からかかる。

根も葉もない、誹謗中傷が、遠慮なく、奈緒を襲う。

奈緒にだけなら、自分で、我慢できたが、圧力が、会社にも、かかり、これ以上の取材は、できない。となった時、迷わず、会社を辞め、フリーになった。
嵐の日の、最初の取材から、半年たっていた。
この取材だけは、なんとしても、続けたかった..


...最初に会った去年の嵐の日、そして、今日、二度も、麻川にすべてを見られた、奈緒は、この次、見られた時は、抱かれるだろうと夢想していた。

携帯が、奈緒を現実に戻す。

相変わらず、大きい、編集長の声が、耳にひびく。

「奈緒、谷川岳で、高倉弘、けい夫婦の骨が 折重なって、見つかったぞ。」

奈緒は、麻川に取材の礼を言い、急ぎ、高倉夫妻の骨の鑑定場所に、向かおうとした。

麻川が言った。

「何が、あったんです。」

「高倉夫妻の骨が発見されました。
東野流水殺人事件の。」

麻川の顔色が変わった。

「なんという事だ、楽園の結界は、完全に破られた。」

奈緒が立ち上がると、麻川が呼び止めた。
切迫した表情は、周りの空気も振るわせる。

「奈緒さん、僕も連れて行ってください。
確かめたいことがあるんです。」

奈緒は、下をむき、答える。

「でも、麻川さんが、現れたら、大騒ぎになるでしょう。」

麻川は奈緒の目をじっと見て、言った。

「その場で、記者会見をやるつもりです。
どうしても、言わなければならないことがある。」

奈緒はスクーターの後ろに麻川を乗せ、高倉夫妻の鑑定場所に急いだ。

その場に現れた、麻川琢磨に、記者達は騒然となる。


警視庁科捜研は、高倉夫妻の骨についての、記者クラブへの 情報発表を終えて、記者たちが腰を、上げようとしていた。
土屋智子につぐ、高倉夫妻の遺体の発見に、早く、社にもどり、三年前の東野殺人事件特集記事を、書こうと、急ぐ。

その時だった。

記者会見会場の真ん中の通路を、白い衣を身に着けた男が、ふわり、ふわりと歩いて来た。
後ろに奈緒が硬直した顔で、ついている。

瞬間、静まりかえった、会場は、あっという間に フラッシュの嵐になる。

段の上に乗った、麻川琢磨は、肩までの髪を、かきあげ、白く端正な顔を記者たちに向けた。

「皆さん。今回の、土屋智子、高倉夫妻の、遺体の発見について、述べたいことがあります。」

透き通った声が会場の隅々に行き渡り、その、美しい存在感に、そこにいた者達は、麻川の世界にひきこまれ、しんとなる。

..これが、麻川のカリスマたる、ちからか..
瞬時に、場にいるみんなを、引き寄せてしまう。
奈緒は、朝倉の後ろから、あらためて、そのパワーを、認識する。

「今回の夫妻の人骨、そして、先日のイタリアで、発見された、男女の人骨には、共通点があります。
すべての骨は、永遠の楽園で、眠っていたということです。」

麻川の呪縛から、解けた、記者たちが、騒ぎ出した。

「なにを、いってるのか、わからないよ。
もっと、わかりやすく、言ってくださいよ。」

口々に不平をいう、記者たちを手で、制して、麻川は、神のごとく、続けた。

「永遠の楽園というのは、神に見放された人達が、泉の中で、眠る場所で、神さえも、近づけない。
その楽園と現世の結界が、何者かの手によって、破られ、安眠していた、愛し合う人々が、現世に、出てきたのです。」

さすがに、プロである。帰りかけた、記者達は、すっかり、新たな、記者会見場をつくった。
順番に質問する。

「その結界が、破られると、いったいなにが、起きるんですか。

「災難が世の中を、襲うでしょう。
想像もつかない、災難が。」

「その、結界を、破ったものというのは、何者だかわからないんですか。」

「今のところ、わかりません。」

「具体的には、どのような、災難が起きるのですか。」

「わかりません、ただ、人の心の闇に、だんだんに染み渡り、大きな災難がやってくる。