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泉の中の恋(永遠の楽園,後編)第一章

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何千年も前に愛し合っていた二人が、抱き合い、腕をからませて、発見されるなんて、とても、ロマンティックなことですね。
素晴らしいです。時を越えて、ずっと愛していたんですね。」

ふっと、吐息の気配の後、麻川は言った

「違うよ、奈緒さん。
二人は発見されるわけは、なかったんだよ
永遠の楽園にいたんだからね。
永遠の楽園は神々でさえ、近寄れない、結界の向こうにあるんだ。
なにか、恐ろしく、強大な力をもった者..神か、悪魔が、二人を太陽の下に、引きずりだしたんだよ。
目的は、なんなんだろう。」

奈緒は、麻川の言っていることが、理解できなかった。

永遠の楽園ってなに、結界って、神って、悪魔って..
まったく、教祖という者の言うことは、意味不明なことばかりだ。
だからこその、カリスマなのだろうが..

「すいません、勉強不足で、麻川さんの言っている事が、よく、わからないんですが。」

「奈緒さん、これから、こちらに来られませんか、話したいことがあるんです。」

奈緒は、即座に返事をした。

「わかりました。今すぐ、行きます。」

麻川は、奈緒の事を、どういうわけか、気に入ってくれ、教団についての取材の独占権を奈緒に、してくれていた。

スクーターに飛び乗り、環七通りを、大井に向かった。

今年の暴力的に暑い七月の太陽が,街に光と影をつくっている。

麻川達、教団員が 住んでいる、元食料品会社を改装した教団施設に、ついた時には、奈緒の、ヘルメットの中は、汗が、占領していた。

汗を拭き、化粧を整えて、入り口に入る。

白い作衣姿の、女性が、麻川のいる部屋まで、案内してくれた。

部屋の中に入る。

奈緒の目に、麻川の姿が、飛び込む。

衣のような、大和時代の着物を来た、麻川が、ゆっくり近づいて来る。

美しい..透明だ..

何度も見慣れた、麻川の姿は今日は、まるで違った人に見えた。
白い、切れ長の目の、麻川の顔が、奈緒の顔と重なる。

まずい、麻川の催眠術かなにかに、かかっている。
奈緒の脳は、拒んでいるのだが、身体は麻川にあずけていた..

奈緒の乾いた唇は、麻川の冷たい唇に、ふさがれた。

麻川はゆっくり、唇を離しながら、言った。

「こんにちわ、奈緒さん、よく、来てくれましたね。」

いつの間にか、奈緒は、椅子にすわらされていた。
身体は小刻みにふるえ、全身が、濡れている、
それは、夏の暑さのせいだけではない。

「相変わらず、魅力的だな、奈緒さんは。
でも今日はここまでに、しときましょう。着替えをもってこさせます、下着も。」

麻川はさっきの女性に、着替えを持って来るように言った。

奈緒は金縛りになり、ただ、震えている。

麻川は 死人のように白い指で、奈緒の濡れた、服を脱がせながら、耳元で、子供に絵本を読んで聞かせるように言う。

「永遠の楽園の伝説は 世界中にあるんです。もちろん、日本にも。
各地で、話は違いますが、共通していることがある。
悲恋の末に死んだ、二人は、神々さえも近づけない 楽園で眠るという点です。
だから、イタリアで二人の骨が、発見されたということは..」

麻川は、濡れて、はりついた、奈緒の、最後の一枚に指をかけながら、続けた。

「永遠の楽園の結界が、破られたということなんです。
問題は、何者が、この結界を、破ったかという事と、
破られた、結界から、楽園の泉の中で、幸せに、眠っていた者たちの、怨念が、泉ごと、現世にあふれだすということです。
怨念の泉があふれだすんです。」

麻川は、あふれる泉で、はりついた、最後の砦をゆっくり、おろしながら、話を続ける。

「結界をやぶった、者の、力は、いかほどのものか。
そして、あふれ出した、怨念の泉のパワーは、どれほどのものか..」

麻川は、腿の内側をつたう、雫を指で、すくいながら、言った。

「僕にも、想像もつかない。
ただ、わかっていることは..」

麻川は、雫で濡れた指を、口で確かめながら、上目使いの顔を、奈緒に近づけて、言う。

「災難がやってくる。
災害やなにかじゃ、なく、人の心のひだを、狂わす、災難が。
食い止めなければ、ならない、手遅れにならないうちに、食い止めなくては。」

麻川は、奈緒の青ざめて、震えている唇を、自分の唇で、覆った。
不思議と、恐怖心も、震えも、そのくちずけで、奈緒の身体から、消え去った。

麻川は、裸の奈緒の身体を、やさしく、ぬぐい、服を着させる。
奈緒は、しろうさぎが、がまのほに、包まれる幸福感に包まれながら、麻川との出会いから、今までのことを、考えていた。

麻川の最初の取材は、一年前、まだ、奈緒がある大手出版社の、雑誌の編集部にいた時にさかのぼる。
この取材がきっかけになり、奈緒は会社を辞めざるを得なかった。

 麻川琢磨に最初に会ったのは、暴風雨が、荒れ狂った、昨年の夏の日の、ことだった。

当時、「真実」は社会問題に、なっていた。
麻川の元に、出家した、数十人の女性を、取り戻すために、家族、警察、弁護士の会がチームを組み、連日、拡声器を使って、女性達を説得していた。

しかし、誰一人として、麻川の元を出て、元の居場所に帰ろうとする者はいなかった。

洗脳されている。
催眠術にかかっている。
麻薬を打たれている。

メディアは、連日、騒ぎ立てる。
当然、奈緒のいる、編集室でも、特別チームを組んで、取材合戦に加わった。
チームリーダーには、奈緒が、抜擢される。
まだ、入社3年目だったが、編集長の推薦だった。

もともと、子供のころより、勝気な性格の奈緒に火がつく。
スクープを、すっぱぬくために、昼夜を問わず、大井の教団施設にはりついた。

昨年の7月の、南から近づいて来た大型の台風が、東京の沖合いをかすめるその日、奈緒は、仲間の制止も聞かず、教団施設に向かった。
スクーターで、環七を大森まで行くが、道路が浸水していて、それ以上進めない。
しかたなく、スクーターを置き、歩き出す。
鉄道は、全線、ストップしており、タクシーも走っていない。

都内の景色は一変していた。
映画のような、海側から吹く、大げさな、暴風雨は、真正面から奈緒を襲う。
腰まで、濁水につかり、水圧でなかなか自由がきかない中、石のつぶてのような、雨を顔に受けながら、一歩一歩、歩く。

やっと、教団の玄関の下らしき、場所に着いたとき、濁水は胸の、あたりまできていた。
あらためて、周りを見渡し、唖然とする。

大井埠頭は、ほとんど、海とつながったような、景色となっていた。

道路より、高台になっている教団施設より、小さな滝のように、奈緒に向かい、水がはばみ、なかなか、前に進まない。

奈緒は、滝に足をとられ、濁水をしこたま、飲んだ。
茶色い水しか、見えなくなり、流されると、思った時だった.

白い衣に抱きすくめられ、茶色の世界から、開放された。

奈緒は、抱きかかえられながら、施設に入り、ゆっくりソファーに寝かされた。

水を吐きながら、せきこんでいる、奈緒の上から、白い衣の男は言った。

「こんな日にくるなんて、おもしろい、人ですね。」

奈緒は上目づかいに、男をみた。
写真でみたことのある、麻川琢磨だった。