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最初で最後の恋(永遠の楽園、前編)

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となりの智子は東野さんの左腕によりそっている。

「本当ですか、私はもう少し、こう、ほんとはロマンティックにやりたかったです。」

東野さんは グラスの氷を カランと揺らせて答えた。

「こんなに、けいさん達を本気で祝ってくれる人達だけの結婚式、最高です。」

その通りだった。これ以上の式はない。

智子が私のところにきた。

虫の音が聞こえる。二人で満天の星をみる。

..美咲、田中さん、私達、結婚しました。

智子が私の肩を抱いた。

明日はここで一日、休んで、明後日、谷川岳山頂に四人で向かう。
天気がよければいいが。

ロッジの中は、まだお祭り騒ぎが頂点のようだ。
弘さんはまだ、ソファーにうつぶせたままだ。

-----------------------(p.45)-----------------------

 谷川岳が、魔の山の顔をのぞかせ始めた。

頂上のトマの耳登頂めざし、夜明けに出発した、4人は、最大の難所、一の倉沢の急激な天候の変化に緊張した。
世界の山の中でも、群を抜いて遭難事故の多い、谷川岳。その大きな、理由の一つに、天気の急激な変化がある。

先程まで、日が出ていたのに にわかに曇り、谷からの突風と霧はまるで、演劇の舞台のようだ。
すぐに、小石のような、雨が降り出した。

一の倉沢の岩場を、斜面の鎖をたよりに私たちは 斜面にはって、かにの横歩きで足元をしっかり確認しながら、ゆっくり進む。

視界はない。

私が先頭で安全なルートを探し、次に東野さんと智子が、初心者の弘さんをはさんで進んだ。

私は叫ぶ。

「ここは、巻き上げる風が来るから、重心低くして、必ず、四点ついてて、
 あぶなかったら、止まるからね。」

そのとき、後ろから、突風の隙間に、弘さんの声が聞こえた。

「..ここだ。」

私は飛ばされそうになる身体を 鎖にひきよせ、後ろを振り向く。

乳白色の霧の世界は、自分の手すら、見えない。

ざっと 岩が落ちる音がした。

「弘、弘、ひろしい。」

「弘さん、ひろしさあん。」

東野さんと智子の叫び声が 風雨の音を切り裂いて、響いた。
-----------------------(p.46)-----------------------

魂を、谷底に落としたまま、三人に近づく。

足元から、石が落ちる白い闇の中を、もどかしく手探りで急ぐ。

手がなにかにふれた。しっかり握り返してくれる。

「弘さん、良かった、びっくりしたよ。」

身体中から、水分が全部出たとおもう程、冷汗が出た。

「け、けいさん、僕です、僕の手です。
 弘が、弘が。」

東野さんの声が遠くにきこえる。

弘さんの手をさがす、さがす。

東野さんにしっかり握られた、震える智子の手が、手にふれる。

さがす、さがす、弘さんの手をさがす。

まぶたの裏に、白いぷつぷつが浮かびはじめ、蛍のように、霧の世界を漂いはじめた。

..東野さんと智子の間に、弘さんはいない

意識が遠くなる中、私を抱きしめ、じっと谷を見ている、東野さんの蒼い、ろうのような顔が、霧の中に浮かぶ。

..遠くに東野さんの声が聞こえる。

「弘が..谷に飛んだ..」

まぶたの中も霧でおおわれ、意識が谷の闇に、落ちていった。

-----------------------(p.47)-----------------------

うなされて 目が覚めた。

見慣れない、白い天井がだんだんはっきり見えてくる、呼吸が苦しく、汗の粒が目に入る。

ここは、どこだろう、病院か。

それにしてもひどい夢を見た、弘さんが 死んでしまう夢..
息を整えながら、横をみると、智子が私の布団におおいかぶさっていて、軽い寝息が聞こえる。

気配に気ずいたのか、智子が目をさまし、腫れぼったい目をして、私を見た。

「良かった、けい、気がついたのね。
一の倉沢で、けいが気を失って、身動きが取れなくなって、救助されたのよ、私達..」

私達..私達..えっ.. 

白い天井がゆがむ。

「弘さんは、弘さんはどこに、どこにいるの。」

私は、起き上がろうとしたが、頭が割れるように痛くなり、顔をしかめて頭を手で押さえた、包帯が巻いてある。

「けいは 気を失う時に、岩の壁に頭を打ってるの、動いちゃだめ。」

智子があわてて、起き上がるのを、止める。

ドアを開ける音がして、腕に包帯をした東野さんが入ってきた、私が気がついたことを知ると、頭を下げ、何か思案している顔をして、私に近づく。

心臓が縮んで、なくなってしまうんじゃないかという思いで、もう一度、東野さんに聞いた。

「弘さんは..」

私から、目をそむけ、肩を震わせながら、東野さんはしぼりだすだすように言った。

「けいさん、弘は、自殺した。
止められなかった、急で、急なことで。
申し訳ない。止められなかった。」

東野さんは、智子の上から、二人を抱きしめ、嗚咽した。
智子の震えも大きくなる。

私はぼうっと天井を見上げていた、身体の中はすべて抜けて、どこかにいっていた。

つんと現実が、目と、鼻の間に戻ってきた。

目から、涙がとめどなくあふれ、やがて、慟哭に変わった。
-----------------------(p.48)-----------------------

           (三)


 弘さんの遺体は、ついに 見つからなかった。

谷川岳で遭難して、最近、発見された遺体の中には、明治時代の装備をまとった者もいた。

この、厳しい岩の谷は、時間まで、閉じ込めてしまう。
半年がまたたく間にすぎた。

それでも、あきらめきれずに、私は毎週、ここ、一の倉沢に来て、ロッククライミングの装備を身につけ、弘さんを探した。

..なぜ、弘さんは私を残して、自殺したのか。

弘さんがいなくなった時からの、深く、果てしなく続いた悲しみは、半年たった今、その苦しみに変わっていた。

なぜ、なぜ、なぜ、自殺をしたのか。
結婚したばかりの、私の目の前でなぜ。

空を見上げ、答えを聞くが、答えはなかった。

どこが、なにが、なぜ、なんで。

とにかく、弘さんを探そう。すがるのはそれしかなかった。
顔をみて、答えを聞かなければ、これから生きていく自信がなかった。

そんな、狂気じみた私を、智子と東野さんは、最大限の気遣いの距離をとって、見守ってくれている。
やさしさが身にしみるが、自分のことで、いっぱいだった。

今日も、弘さんを見つけられなかった。

週末、駅からの帰り道の公園は、散り始めた桜が、街灯に照らされて、ひかえめに舞っていた。

足を速める。
最近、情緒不安定になっていた私は、夜の桜をみて、急に不安が黒い渦となって、頭を支配し始めた。

黒い渦は大きくなって、頭の中から、身体中に、めぐり始めた。
自分の足かどうかの区別も、定かでないほどの、心細さで、音が聞こえなくなる。

アパートの前に白いシャツがぼやけてみえる。

弘さん..
弘さんの目だ。

やさしく、包まれ、キスをされた。

その晩、わたしは、東野さんに抱かれた。