最初で最後の恋(永遠の楽園、前編)
チョモランマ 北壁ルート 登頂成功。一斉に報道陣のシャッターが 田中さんに集まる。
「田中さん。息子さんやりましたね。快挙ですよ。
今のお気持ちをお聞かせください。」
田中さんは ゆっくり 悟るように言った。
「帰って 来なけりゃ、なりません どうしても。帰ってこなけりゃ いけません。
どうしても。なにがなんでも。」
田中さんは泣いていた。周りもしんと 静まりかえった。
田中さんは 奥さんと仲間と 自分の手足を チョモランマの下山途中で亡くしたのだった。
登山は 登頂より下山の方がはるかに 難しいのだ。
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田中さんは私の山の師匠で学生時代から いろいろお世話になった、山の楽しみ、怖さを尊敬する田中さんから聞くとき私は感激した。
田中さんは 私達の結婚式に参加してくれる事になっている。
ここにいるみんながチョモランマの頂上で 手を振る笑顔の良ちゃんが無事にここに 帰ることを神に祈った。
二日後、ランチの途中で見たニュースに愕然とする。
『下山途中に 雪崩に遭遇、田中良助さんのアタック隊パーティー 全員行方不明、現在、救助隊を編成しています。』
そこは、田中さんたちを過去に飲み込んだ 場所だった。
すぐに会社を早退して、智子とクライマーにむかう。
店の周りは人だかりができていて警察と報道陣 やじうまでごったがえしている。
山岳部時代の友人が 私達にかけより言った。
「田中さん 良助の遭難を聞いて、睡眠薬を飲んだ。」
私は眩暈にうずくまる。
智子もがたがた 震えている。
もう一人の友人が 手紙ををもって私に近づいてきた。
警察より 早く店についた友人がテーブルの上にあった、手紙をもってきたという。
「これ、けい宛だ。警察に見つかると、取られると思って、もってきた。」
手紙を開ける。
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けいちゃん 驚かせて申し訳ない。
結婚式に水を差してしまって本当に申し訳ない。
普段、山では絶対あきらめるな。と言っているのに自分で命を絶って申し訳ない。
実はこの手紙は 良助が登頂した日に書いている。
けいちゃんも知っているように、僕はチョモランマで、女房と仲間を失って一人だけ生き残った。
なぜ自分だけ、あの神の国に連れて行ってもらえなかっんだろう。
ずっとそのことばかり、考えて生きてきた。
麓の村では チョモは神の山で そこで死んだ者は 神の一部になり永久の命を得ることができると信じられている。
だから、チョモで死んだら、絶対、遺体を動かしたら駄目だと。
チョモで死ぬことは その神の国で暮らすことで最高の幸せなのだと。
だから 女房も仲間も遺体があがらなかったんだよ
神の国にいったんだ。楽園で暮らしてる。
どうして僕だけ 連れて行ってもらえなかったのかの理由に 良助がいた。
まだ小さかったから俺に預けたのかという思いだけで 生きてきた。
良助がチョモに行くと言った日から、あいつらがいる 神の国に連れていかれると ずっと考えていた
連れて行かれたら、僕も行く。絶対、行く。
こんな身体だから、ここで死んで、仲間にあの場所に 骨をまいてもらう。
そういうことだから、けいちゃん、悲しまないで、結婚式はやってくれ。
最後に
山はいい
沢尻 けい様
田中良男
手紙を置き、空を見上げた。
良ちゃんも田中さんも逝ったんだ。あの 楽園に..
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田中さんの御通夜の晩、葬儀会場のある 恵比寿の会場から、駅までの道を私は、弘さんと智子と歩いていた。
月と星は この都心の夜にも 秋本来の輝きををみせる夜だった。
「田中さん みんなの所に行っちゃったんだね。」
私は 夜空を見上げ、ぽつりと言った。
「うん、でも本当に良かったのかな、これで。」
智子も夜空を見上げて答える。
しばらく 無言で三人は歩いた、公園の周りの植え込みの木は、昼間には本来はあざやかな、赤い色なのだろうが、街灯の影で、まだらな黒に見える。
私はおなかに力をこめて、一気にはきだした。
「智子、婚約、おめでとう。
東野さんから聞いちゃったぞ。
なんで 言ってくんなかったのよ。
水臭い、水臭い 水くさあい。」
私はうっぷんをすべて、ぶつける子供のように 智子を抱きしめ泣いた。
「水臭いよう。私達、姉妹以上だよ。
なんで なんで。」
「ごめんね。ごめん。怖かったんだよ。
東野さんの事、こんなに 好きになっちゃった自分が。
そして 私の事を 本当に愛してると言ってくれた 東野さんが現実じゃない気がして 誰かに言えば、夢からさめるような気がして。」
智子の目からも涙が落ちる。
「それで この、女捨て隊隊長 沢尻けいにもいえなかったの。」
唖然とした目で私を見て、クスっと笑った智子に言った。
「私より、大事なひとが できたって事で、めでたい めでたあい。
今晩は、女捨て隊解散パーティー ならびに 智子の婚約を祝って、私がおごっちゃる。
いくぞ、みなのもの。」
お腹を ぽんとたたいて 手を上げ、駆け出した。
後ろから 智子と弘さんが追ってくる。
智子が私に追いつき言った。
「ちょっと、私の婚約って、女捨て隊解散の つけたしなの。
そりゃ あんまりでしょ。」
私は涙の目であっかんべえをしながら、答える。
「あたりまえだようだ。」
星は秋のまたたきで あきれたように私達をみつめている。
結婚式まで後、すこしだ。
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結婚式にはやはり、山男の集団は呼ぶべきではなかった。
谷川岳麓のロッジを借りての式は お酒のビンと 騒いでいる山の男たちの声で警察が飛んできそうな有様になっている。
弘さんはすでに、礼服を着ながら、酔いつぶれソファーにうつぶせていていた。
エンドレスの飲み会はまだ、始まったばかりとばかりに踊りだす奴もいる。
みんな いい奴なのだ、しかたがない、今夜は智子と寝よう。
乾杯をまだしにくる 酔いどれ達を愛想笑いをしながらかわして、外に向かい、美咲にもらった、手作りのドレスのすそを上げてデッキに出た。
冷気が ほてった身体とお酒を流してくれて、気持ちがいい。
智子と東野さんがグラスをもって こちらに来た。
そうだ、東野さんを忘れていた。
今夜は独り寝かもしれない。
「おめでとうございます、いい結婚式でしたね。
こんないい人ばかりの、結婚式は初めてです。
気持ちがいい。」
東野さんは ウッドデッキの手すりのはしに ひじをつき 星を見ながらいった。
作品名:最初で最後の恋(永遠の楽園、前編) 作家名:ここも