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最初で最後の恋(永遠の楽園、前編)

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そして、私に近づいた。

そして、あの日、私の目の前で、弘さんを谷底に、押した。
私が言えないのは、計算済みだったんでしょう。
身も心も、東野さんに夢中だったから。

でも、もう無理。
この事実を、胸にしまって、結婚なんてできない。

私が東野さんの罪を全部、背負うから、どうか東野さんをゆるしてください。
取り返すことができない罪なのは、わかっています。
でも、愛してしまった、命がけで。

友情をうらぎって、ごめんなさい。
今まで、ありがとう。
けいとの、日々はいつまでも、私の中にあります。

..智子..智子を探さなくては、今すぐ。

振り向こうとした時、寝室のドアが乱暴に開いた。
本性を見せて、冷たい蛇の目になった、東野が近づいて来る。

手には、包丁とひもを握っている。

-----------------------(p.59)-----------------------

私は、智子の便箋を、持ったまま、あとずさった。
あっという間に部屋のすみに、追い詰められる。

動けなくなって、うずくまり、全身で震えた。

怖い、殺される、弘さん、怖い。

ゆっくり後ろから、ひもを、首に巻かれた。包丁は首すじに当てられている。

すっかり羊の皮を脱いだ、東野は耳元で言った。

「おい、弘の残した、SDカードは、どこにあるんだ。」

低く、地獄の底から、湧いてくるような声だ。

私は首に巻かれた、ひもに手をかけながら、言った。

「な、なんのこと。知らないよ、なに、言ってるのか、わからないよ。」

「ごまかすんじゃ、ねえ。」

首のひもが、きつくなる。苦しい、目の前を白い点が浮遊している。
東野は、私の手紙を、ねじり取った。

「なんだ、俺が殺さなくても、ほっときゃ、智子の奴、自分で死んでたのか、余計なこと、しちまったよ。
穴、掘って、埋めるの大変だったよ。」

私は、薄れていく意識の中で、もがき、言った。

「殺した..智子を..人でなし、智子、ああ、智子、智子。」

「あんたも知ってんだろう、どんなに、さわいだって、智子お嬢様の、ピアノの練習のために、ここは、父親が防音にしてくれたんだよ。
なにも外には、聞こえやしねえよ。」

ひもを少しゆるめて、東野は猫なで声を出した。

「なあ、カードのありか、教えてくれよ、そしたら、助けて、やる。
ああ、それと、印税、入ったら、金も、やるよ。
まだ、死ぬにゃあ、もったいねえだろう。
このあいだ、抱き心地、具合良かったぜ、俺の女にしてやるよ、なあ。」

-----------------------(p.60)-----------------------

後ろから首を絞めながら、しゃべっている、東野につばを吐きかけた。
振り向けず、届かない。
動いた瞬間、首に当てられていた、包丁で私のあごがスッと切れ、鮮血がカーテンに散った。

「なめやがって、もういい、自分で探すよ。
あんたは、智子と一緒のとこに、埋めてやるよ。
どうだ、やさしいだろう、ハハ、やさしいだろうがよ。」

東野は立ち上がって、力をこめる。

もうだめだ、弘さん、もうだめ..

薄れていく、意識の中、あっ という東野の声がきこえた。

ぐっと、息が苦しくなったあと、急に視界が開けてきた。

ゴホッゴホッと吐くような、咳がとまらなかった。ようやく止まり、こわごわ、東野を見る。

東野は、おなかを押さえて、うずくまり、呻いていた。
出血がおなかから、周りに、たまりをつくっている。

状況がだんだん、わかってきた。
東野は、立ち上がり、力を、こめようとした時に、滑って、自分の持っていた、包丁の上に、転倒したようだ。

足元には、母さんの寝袋が、開きっぱなし..
これに..これに、滑ったんだ。

智子、美咲、田中さん..

東野は、蒼白な顔で、おなかに刺さった、包丁に手をやり、呻いた。

「けっけいさん、きゅ、救急車を..呼んでくれ、お願いだ、」



-----------------------(p.61)-----------------------

東野はもう一回、血だらけの手を、宙に泳がせて言った。

「目が霞んできた..力が入らない。
けいさん、僕が悪かった..本当に悪かった。
救急車を呼んで..呼んで、お願いだから。」

私は首を絞められたショックで、まだ、足に力が入らなかった。
はいずりながら、東野に近づき、顔を見る。
蒼白な、顔からは、さっき迄の鬼の形相は消えて、いつもの東野に戻っていた。
さっき、切れた私のあごからは、血がシャツを真っ赤にして、流れ続ける。

どうしても聞かなかれば、ならない事があった。

「どうして、弘さんと、智子を殺したの、どうして。」

東野は泣きながら、声を振り絞る。

「そんなこと、後で話すから、早く呼んで、早く。」

そんなこと..弘さんと智子の死が、そんなこと..

私は東野に突き立っている、包丁を握り、力をこめ、深く刺し入れた。
骨まで、届いたらしく、先がつかえた、引き抜き、もう一度刺した。

「な、なんで..」

東野は、断末魔の、叫びの力も、残っておらず、そう言うと、動かなくなった。

私はしばらく放心して、うなだれていた。
目を開けるのが怖くて、縮こまり、震えていた。
私の嗚咽だけが、血の匂いが立ち込める部屋に、聞こえている。

足に力が戻って来たので、ゆっくり立ち上がり、雲の上を歩くような気持ちで、浴室まで行き、シャワーを浴び、身体中についた、血を洗い流す。
今、起きたことが、現実とは、到底、思えなかった。

修羅場に戻って、智子のクローゼットから、登山用具と服を出す。

私は夢遊病者のように、動いていた。
目の前に、倒れている、東野も、この惨状の部屋も、うそに見える。

自分のあごから、したたる血に、気がつき、リュックに入っている、医薬品で応急手当をして、着替えた。

ようやく、意識と現実のピントが少し、合ってきた。

..弘さんの所に行かなければ。

私は宙に浮いたような足取りで、部屋を出た。

-----------------------(p.62)-----------------------

気がつくと、列車の中にいた。

毎週、弘さんを探しにいくため、乗っている、列車なので、錯乱していても、無意識に乗車券を買って 谷川岳に向かっていたらしい。
外を見ると、もう、夜で、家の明かりがちらほら、見える。

今日の惨劇が、少しずつ、よみがえってきた。

恐ろしさが、また、私を、包みこみ、震えが、足元からやって来た。

智子が死んだ..

そして 東野を殺してしまった。

頭をかかえこんで、泣いた。不審そうに、人が眺めるも、涙は頬をつたいつづけた。

列車は、夜の静けさの中を、リズミカルな音をたてながら、走る。

..私が一番、恐れて、心が考えることを、拒絶していた事が、いきなり、頭を支配した。

一番の罪人は..私、あの日、東野に抱かれた、私だ。
弘さんを殺した男に、抱かれてしまった。

なんという、大罪なのだろう。
永遠の楽園にいる、弘さんは迎えてくれるはずもない。

やっと、わかった。