最初で最後の恋(永遠の楽園、前編)
「う、うん、どうなのかなあ、お互い、仕事のことには、口を出さないことにしてるから、よくわかんないなあ。
私も早く、読みたいんだけどね。」
どこかいつもと違う笑顔で、智子は言った。
よくわかった、智子はなにか、知っている。私にはわかる、智子のことは、おそらく、東野さんよりわかる。
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東野さんは、結婚式がせまった今でも、笹川裕子をはじめ、ゴシップがたえなかった。
こころない 週刊誌は、智子との結婚を、悪評を消すためのカモフラージュだと、書きたてた。
私は智子の手を握って、言った。
「ほんとにほんとによかったよ。
私、自分のことで、目いっぱいで、ずいぶん、智子と東野さんにお世話になったのに、自分がいっぱい いっぱいで。」
「なに、言ってんの、水臭いなあ、あたりまえだよ。
弘さん、あんなことになってしまって、私もどうしていいかわからなかったよ、
私とけいの仲だよ、あたりまえだよ。」
智子は、ハンカチで涙を拭きながら、続けた。
「私たちは これからもずっといっしょだよ、けい。
けいがいやだって、言ったって、ずっと、一緒だよ。」
昼間のカフェテラスで私たちは手を握り合って泣いた。
どんな、結末が待っていようと、智子は守らなくてはいけない、命がけで。
ああ、私は考えておくべきだった。
私がどんなに隠そうと智子の様子がおかしいとわかるように、
智子も、私がなにか、かんぐっているのを、このときわかっていたんだ。
智子は次の日、突然、いなくなった。
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「けいさん、智子が、智子が。」
東野さんは、緊迫した声が聞こえる。
私は携帯を持つ手に力がこもった。
「えっ、智子が、なにがあったんですか。」
今日は土曜で会社も休みで、私は、いつものように谷川岳に、弘さんを探しに行く途中だった。
列車の座席にいたが、東野さんからの電話に胸騒ぎがして、出た。
携帯から、冷や汗がこぼれてきそうな、緊張感を感じる。
「部屋に迎えにいったら、書置きがおいてあって、智子がいないんです。」
私はトイレの前まで移動して、答える。
「えっ いないって、どういうことですか。
その書置きにはなんと、書いてあるんですか。」
手の汗で携帯が手に貼りついている。
「それが、けいさん宛なんです。
ごめんなさい、けい、私がみんな悪いんです。
ほんとにごめんなさい
そう、書いてあります。」
「それだけですか..手書きですか。」
少し、沈黙があった。
「いいえ、パソコンで打ってあります。」
「警察へは。」
「まだ、事情がよくわからない状態ですので、けいさんにまず、連絡しました。」
私は頭の中を整理して、呼吸を整え、言った。
「私もそちらにすぐ行きます。
警察には、すぐ知らせてください。
受理されないかも、しれませんが、すぐ連絡を、お願いします。
急いで、行きます。」
汗でぬれている、携帯を切った。
智子に電話をした、通じない..
次の駅までまどろしかった。
一番恐れていた、シナリオが、私の想像より、ずっと早く、動き始めた。
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私は次の駅でひきかえす。
智子のマンションの前は静かだった。警察は来たのか。
鍵が開いていたので、急いで部屋に上がる、ソファーに、東野さんが頭を押さえて、すわっていた。
私は尋ねる。
「智子から連絡はありましたか。」
東野さんはくしゃくしゃになった、頭から手を離して答えた。
「ありません、携帯も通じません。」
「警察は。」
「事件性がはっきりしないことには、動けないと言われました。」
「手紙を見せてもらっていいですか。」
私はパソコンで簡単に打ってある、東野さんが智子の置手紙と言っている、紙を見た。
すぐに、いや、その前から、うそとわかっていた。智子がこんなもの、打つわけがない。
わかっていることは、智子が今、身の危険にさらされているということだ。
私は、いやな悪寒で、震えながら、東野さんに聞いた。
「最近、なにか、ありましたか、二人の間に。」
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東野さんは乱れた髪を、直そうともせず、私の方を見て、答えた。
「僕がいけなかったんです。
週刊誌にあんな、根も葉もないことを書かれても、黙っていた僕が、いけなかった。
智子を苦しめてしまった。
それと、智子は、最近、何か、悩んでいたようでした。
僕がいくら、聞いても、答えてくれなかった。
おそらく、あの、弘の事故で..弘の事故で、悩んでいたんだと思います。
自分だけ、幸せになっていっていいのか、と僕に言ってましたから。
もっと早く、僕がなんとかしてなければ、いけなかった。
こんなことになるなんて、こんな、こんな..」
こんなこと..私はいやな、悪寒が、ひどくなり、目が霞んできた。
まだ、智子の安否は、なにもわからないのに、こんなこと..
智子は、ひょっとしてもう..
三文芝居で思わず、真実を言ってしまった、東野さんをおいて、震えながら、智子の寝室に行った。
備え付けのクローゼットを、開ける。
あった。三人用寝袋、母さんカンガルーの袋。
私と智子と美咲の、青春と、友情をやさしく、包んでくれた、田中さん特注の寝袋、母さんカンガルーの袋。
寝袋のジッパーを下ろすと、あのころの三人の香りがした。涙がこぼれ、止まらなくなった。
胸の中が縮まって、息も苦しい。
ああ、智子、美咲..
内側にある、ボケットを、探る。
手紙が出てきた、私宛に、智子の字。
私達は、けんかした時とか、異性の相談、ちょっと、照れくさいことは、このポケットに紙に書いて入れた。
後で、母さんの袋の中に、もぐりこんで、三人で、話すために。
面と向かうと恥ずかしいことも、母さんの袋の中だと、なんでも、話せた。
涙を拭いて、智子の手紙を開ける。
がたっと、東野さんのいる、居間の方から、音がした。
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東野さんは、居間でなにか、探しているようだった。引き出しを、乱暴に開ける音が、する。
私は身震いがしたが、智子の手紙を、見なければならなかった、なんとしても。
怖さでがたがた震える指で、便箋を見る。
、震えた字..
けい
私は、東野さんを愛してる、心から。
だから、言えなかった、どうしても。
もう、けいは気がついているんだな、と今日のランチの時,わかりました。
私ももう隠しておくことは、できない。
けいだもん、けいだから、言えなかった。
東野さんの作品を書いたのは、弘さんです。
東野さんは、その事実を、自分のもとから、離れて、結婚する、弘さんから、もれるのを恐れた。
作品名:最初で最後の恋(永遠の楽園、前編) 作家名:ここも