毛
前にも言ったが、私は決して犬が嫌いなわけじゃない。でも、限度というものがある。
『毛』が、私の留守中に部屋に侵入したのである。これはひとつの事件と言ってもいい。
部屋は当然ながら毛だらけ。フローリングの床に茶色い毛が…。
頭が真っ白になった。今まで綺麗に綺麗に使って来た部屋が、こんな風に汚されたことに。
普通に考えれば、クイックルワイパーとかで掃除すればいいんだろうけど、そのときは冷静に考えられなかった。もうこの汚れは絶対に取れないんだ、くらいに思った。
私の怒りはお気に入りの布団に勝手に丸まって寝ている侵入者に向けられた。
私は思い切り『毛』を叩いた。今思えば、初めて『毛』に触れた瞬間だった。
痛かったのか、『毛』は悲鳴を上げて、…怯えた目で私を見ていた。
『毛』は小さい子犬だった。あたたかかった。生きていた。
突然私は怖くなった。何が怖いのか分からないけど。すごく怖かった。
「どうしよう…」
お母さんや妹が、私が『毛』を叩いたことを知ったら。
きっと私は、乱暴な子だと思われるだろう。檻に閉じ込められてしまうかもしれない。
とにかく、いけないことをしてしまったという意識でいっぱいだった。