夢のはなし
出発の時
約束した1週間後、今までの生活を白紙に戻した康夫が新たな旅立ち向う為にヨットハーバーの桟橋に立って、これから行く海を眺めていた。
「DREAM」と綺麗にペイントされたヨットの桟橋には沢山の荷が積まれていた。康夫は荷のチェックをしながら積み込んでいると、普段は無愛想なオヤジがニコニコして近寄ってきた。
「そろそろだな?」
康夫は手を止めずに答えた。
「そうだな、そろそろだ」
オヤジはなんとなく積み込みを手伝いながら話し始めた。
「おめえなら、やり遂げるさ。昔から何でおめえみたいな根っからの船乗り が、鉄筋に囲まれたビルの中でサラリーマンをしているのか不思議でならな かったぜ。でも、やっとその気になったって訳だな。応援するぜ」
康夫も手を止めずに答えた。
「まあネ、あの時はまだその時期だとは思っていなかっただけで、諦めてた
訳じゃないんだぜ。オヤジが生きているうちにはこの船を手に入れて出発し ようと決めてたよ。でも、10年も経ってしまったがね」
オヤジはポケットからパイプを取り出して火をつけて一服すると話し出した
「おー!10年もかかっちまったか?でもよ、俺は信じてたぜ。だからこの船 は誰が来ても売らなかったヨ。でも整備はちゃんとしてたし、装備は何でも
揃えてたしよ、機械も万全だぜ。おまけにマストも帆も新品にしといたんだ ぜ」
積み込みを終えた康夫は桟橋に降りてきて、オヤジと向かい合った。
「サア!準備完了!!」
そして、オヤジのガサガサな手を握って続けた。
「色々とありがとうよ。金は退職金から振り込まれるようにしておいたから な」
オヤジも握り返して言った。
「そんなこたぁ心配してねえよ。とにかくこいつを乗りこなして無事に帰っ て来ることだな?目的地は何処だ?」
康夫は答えた。
「別に決めてないけど、南の楽園みたいな島を探すよ」
オヤジは返した。
「取りあえず、無線は俺の処でも受信できるようになっているし、今はGPS
なんて便利な機械もばっちり使えるから、昔、八丈島を往復した時より色々
進歩しているから楽になっているよ」
そう言うとオヤジは舳先に行って、海を見つめて続けた。
「南か・・・」
康夫はヨットに乗り込み、杭に繋がれてたロープを外した。そしてエンジンキーをひねった。
静かなハーバー内に「DREAM号」のエンジン音が響いていた。
「オヤジ、行くぜ!!」
オヤジは「DREAM号」を軽く叩きながら言った。
「ヨーシ!行ってこい!こいつはいいぞ!」
桟橋から離れていくDREAM号。
舵を握った康夫は手を振って行った。
桟橋のオヤジは嬉しいような、淋しいような複雑な表情で手を振らずに、康夫を見送っていた。
さあ、始まった。
新しい人生の旅に何が待ち構えているのか今の康夫には想像つくものではなかった。