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夢のはなし

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決断の時



 決断の日は来た。
 それからの1週間は目まぐるしく過ぎていくのであった。

 康夫はそのまま駅に向かい、電車に乗り込んだ。車内は通勤ラッシュが終わっていて、まばらな乗客の顔ぶれもいつもと違って新鮮に感じた。
 座席に座った康夫はキョロキョロと見回して初めて見る光景を楽しんでいた。
 康夫はまず会社に向かった。オフィス街を場違いな服装の康夫が歩いていた
そして、大きなビルに迷う様子もなく立ち止まらずにまっすぐ入っていった。
 すれ違う社員と気軽に手を振ったり、軽い会釈をしながらフロアを抜けていった。
 それを見ている同僚たちは驚いたような表情で康夫を見送っていた。
 康夫はその視線を余所目に総務部と書かれたドアを入って行った。しばらくすると、数枚の書類を手に出てくるとまた同僚の視線を余所目にフロアを抜けていった。
 康夫は依願退職届けの承認をもらうことと、退職金の手続きをしにきたのだった。それぞれは事務的に処理されたので気持ちも晴れ晴れと会社を後にすることが出来た。
 それから康夫は、携帯電話の解約、銀行の解約、自家用車の売却、家財道具をリサイクルショップへ買い取らせたりと身の回りの整理に追われる日々を過ごすのだった。途中ヨットハーバーへより食料や必要な道具をオヤジに頼みに行った。
 後残るのは恋人佳美との別れだった。康夫は佳美をいつものパブで待ち合わせた。
 康夫が到着した時には佳美はすでにいつものカウンターでいつものカクテルのグラスを傾けていた。表情は何かイライラしている様子で、康夫を見るなり駆け寄ってきて腕を掴みながら訴えだした。
 「まったく、1時間も待ってたじゃない。何処にいたの?会社に電話したら 退職したって言うし、マンションは引き払ったって言うし、もう!どうした の?」
 佳美は一気にまくし立てた。康夫は無言でカウンターに向かった。佳美もイライラを隠さず康夫の隣に座った。
 康夫はバーテンに挨拶をすると、キープしていたボトルを全て並べてもらった。バーボン、ジン、ラム酒、モルトスコッチ、ブランデーなど10本近くがカウンターに並べられた。
 バーテンはそれぞれのボトルを拭きながら言った。
 「けっこう有りましたね?」
 それを見ても佳美はぶつぶつと同じ事を繰り返していた。
 「だから、どうしたのよー、ボトルまで並べちゃって。ちゃんと説明してよ
 何がどうなったの?」
 康夫は持ったグラスを音を立ててカウンターに置いた。その音で佳美は黙ったのだ。
 「そろそろ、いいだろう。このボトルは全て佳美の物だ。どう処理してもい いぞ」
 康夫は佳美を見ずに淡々と話した。佳美は予想もしない言葉に開いた口のまま康夫の横顔を見つめていた。
 康夫は続けた。
 「やっと、黙ってくれたね?佳美のイライラしている言葉をもう聴きたくな いって事だよ」
 佳美は康夫の腕を掴んで自分へ向かせようとした。康夫はその手を優しく掴んで引き離した。
 「それはどういう意味?」
 「そういう意味だよ」
 「だから・・・」
 「だから、もう佳美とココへは来なくなるってことだよ」
 「なんで?」
 康夫はグラスを飲み干すと、バーテンに挨拶をした。
 「それじゃあ、後はよろしく頼みます」
 バーテンは冷静に答えた。
 「解かりました。お気をつけて行ってください」
 佳美はまだ状況が読めないようで康夫に食い下がった。
 「ちょっと、どういうことよ。これは何なの?ちゃんと説明してよ」
 康夫は初めて佳美を見つめて言った
 「もう、終わりって事だよ」
 その言葉に佳美は驚きとショックで黙って身動きが取れなくなってしまった
 康夫はバーテンに手を振ると出口に向かった。
 外はいつものネオンが輝いていた。康夫はすがすがしい表情で出てきた。そして歩き出した。佳美が追ってこないことも確信していた。

作品名:夢のはなし 作家名:Riki 相馬