殺生――『今昔物語』より
九
阿玲に事情を説明して、娘の身体を床に横たえると、阿玲は悲しげな表情で、娘の悲惨な様子に胸打たれました。娘の身体を仔細に調べると、服は、いなくなったときのままで、泥と埃で薄汚れ、ところどころ穴が開いています。そして腕や首筋には無数の傷がついていて、まるで鶏の羽をむしったときのように、小さな棘がたくさん、娘の皮膚につき立っているのがわかりました。おそらく、あの茂みの中で傷ついたのだろう、と次男が告げると、母親は、寵愛していた娘のこと、おいおいと泣きながら、毛抜きを使って、一本一本棘を抜いていきます。
「どうしてこんなことに」と告げながら、阿玲は気づきました。「そういえば、この子、帰って来てから、一言もしゃべっていないけど、いったい……」
場には五人の兄が集結していましたが、次男がそれに答えます。
「凛は何か思いつめていることがあるのか、喋れない様子でした。私が聞いたのは、何か弱りかけた小動物のような鳴き声一つのみです。前の、澄みとおるような声とは似ても似つきませんでした。いったい、どういうことなのでしょうか」
「凛! 凛! 何かしゃべって頂戴!」
阿玲は取り乱しながら、娘にそう告げます。
しかし、娘は気を失ってでもいるかのように、目はうつろで、覇気がありません。
それでも何かしゃべらなくてはいけないという気持ちに目覚めたのか、「ああ……うう……あぁ……」と声にならぬ声を発します。
その声は、次男のいったとおり、何か弱った小動物が絶命の折りに発するような、声にならぬ声に似ておりました。
阿玲は気落ちして、その夜、ずっと娘の看病につきっきりでした。
作品名:殺生――『今昔物語』より 作家名:蒼幻