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殺生――『今昔物語』より

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 娘が見つかったのは、それより五日後のことであり、家から三十余里も離れた場所でございました。兄たちは父親である将軍の命で、寝る間も惜しんで娘の居場所を探索しておりました。たまたま、何の巡り合わせか、次男がその娘のいる近辺へ馬を向け、茂みの中に潜んでいる幼子の姿を見て、それが妹であることを知ったときの驚きようといったら。次男は馬から降りると、付き添いの護衛にそこで待つようにと指示し、茂みに向かって歩みを進めます。そのとき、次男は気づきました。その茂みは、鋭い棘を持つ、茨の茂みだったのです。次男は体を傷つけないように、慎重に茨を剣で斬りつつ、娘の潜んでいる方へ向かいます。
 すると、あと数尋というところで、娘が次男の方へ向き、何かわからない奇声を発して、突然、走り込んで来て、脇をすり抜け、逃げだしたのでございます。それには次男も大慌てになります。
「襄、すぐに兄上たちに知らせてください」次男は護衛に指示を出すと、馬に跨り、娘の後を追いかけます。
 護衛はその言葉の真意を汲み取り、一心に馬を走らせました。
 娘はいくらか走ると後ろを振り向き、次男が近づいてきたと知ると、また道なき道を走るといった具合です。娘はそれが自分の兄だということがわからないようでした。逃げる妹を追う次男は、気が気でありません。あれほど涼やかで心地よい声をしていた妹が、あんな奇声を発して、自分から逃げようとするなんて……。次男の心は落胆する気持ちでいっぱいになっていました。
 兄たちが駆け付けたのは、それから一時間もしたころでしょうか。
 五人の兄が集結し、三人が娘の前へ回り込み、二人が反対から円を狭めて、包囲して捕まえます。
 なんとか暴れる妹を捕まえた五人は、そのとき、妹の身体に無数の傷がついており、また、大変な熱をもっていることに気づきました。
 いそいで家に連れ帰らねば、と思った兄たちは、出来るだけ早く馬を走らせ、家へと向かいます。
 娘がいったいそれまで何をしていたのか、疑問はつのるばかりでございました。

作品名:殺生――『今昔物語』より 作家名:蒼幻