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殺生――『今昔物語』より

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 娘はまったく食べ物を口にしないまま、一箇月ののち、命を落としました。
 娘がなくなったとき、彼女の身体は衰弱して、以前のようなみめのよさは微塵もございませんでした。家族は娘の葬儀を執り行い、気落ちしながら、その式の進行を無表情で見送っておりました。あの娘の誕生を夢見で見たといっていた和尚が、読経を終えた後、ひとつの法話として、あることを家族に告げました。
 それはこのような話でございました。
「王将軍様」と和尚は話しかけます。
 王将軍は心中の気落ちをどうすることもおできにならず、ただ顔を上げられ、虚ろに和尚の方をご覧になります。
「拙僧は凛様の誕生以前に、こう申し上げたはずです。これ以上、遊興のために狩りを続けられるのは、これから生まれてくるお子の将来を奪うことになりかねぬ、と。しかし、貴方様はそれを拒否なさった。拙僧は忸怩たる思いでございます。あのとき、もっとしつこく貴方様を説得するべきだったのではないか、と。しかし、もうそんなことをいっても、詮無いことでございます」
 その話をお聞きになり、王将軍は肩を顫わせられました。
「あれから菩薩様は夢に姿をお現しにはなっておりませんが、今回の仕儀、天界にてきっとご照覧あられたことでございましょう」和尚はそういうと、ゆっくりと言葉を押し出すように、慎重に次の言葉を続けられました。
「今回の凛様の臨終の報せを聞いた限りでは、おそらく、将軍様の、狩りによる、数多の生き物の殺生という、仏法における五戒を破る行為に因があったのでございましょう。この世の中にはひとつの大きな理がございます。生きものを粗末にする気持ちが将軍様にありませなんだか?」
 和尚はそのように告げると、将軍のほうへじっと眼を据えられました。
 将軍の頭の中には、昔日の狩りの情景が浮かびました。持ち運ぶのにも苦労しそうな獲物の数々。あのとき、無駄に殺した雪のひとひらのごとき白兎のこと。そうだ、次男の話では娘は小動物のような声を発して、弱っていったとのことだった。もしかすると、あのときの悪行が、この事態を生みだしてしまったのではあるまいか?
「思い当たる節があったようでございますな」
 和尚は眉を寄せて、目をしょぼしょぼさせました。
「拙僧にできることは、もはやございません。出来ることなら、将軍様も浄業のために、毎日、お勤めをなさることをお勧めいたします」
 和尚はそういうと、席を立ち、葬儀をあとにしました。

作品名:殺生――『今昔物語』より 作家名:蒼幻