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暁女神<エオス>の目覚め 離星の章

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エティエンヌがジャドに気付いて挨拶をする。ジャドは軽く頷いただけで、声は出さなかった。
「リュカ、リュカ。あなたのお母様は、神の元に召されたのです」
マリエッタが懸命にリュカを諭そうとする。その口調は、エティエンヌそっくりだった。
「そんなの嫌だ!まだお母さんと一緒にいたい!」
「悲しまなくていいのですよ、リュカ。お母様とは、いずれまた、天の国で会えますもの」
「嫌だ、嫌だ!今すぐ会いたい!」
マリエッタが何を言っても、リュカは頑なに聞き入れようとはしなかった。
「だったら僕も死んで、お母さんのところに行く!ねえ、いいでしょう!?」
「リュカ…」
リュカのその悲痛で、一途な叫びに、マリエッタは何も言い返せず、ただ悲しそうに顔を歪めた。
「リュカ」
その時、エティエンヌがリュカを呼び、マリエッタごとリュカを抱きしめる。
「リュカのお母様のお父様とお母様は、もう何年も前に亡くなりました。でも、生きて、リュカのお父様と結婚して、リュカを生みました。何故そんなことをしたのか、わかりますか?」
今度はリュカが言葉に詰まって、エティエンヌの腕をぎゅっと握り返すのが見えた。
「あなたも作物を育てているのだから知っているでしょう。作物は刈り取らなければやがて枯れ果ててしまいますが、必ず種子を残します。人だってただ死ぬのみに生きるのではありません。神に与えられた生のうちに、何か残さねばならないのです。生きていたという証をね。リュカのお母様は、残しました。リュカ、あなたを。リュカ、あなたは何か残したのですか?」
再び、リュカがぼろぼろと涙を溢す。エティエンヌの袖が濡れた。
「わからない、わからないよお、わからないいっ」
リュカはわからない、と繰り返して、エティエンヌの胸に顔を埋める。
だがもう、母に会いたい、死にたいと、口にすることはなかった。
そしてまた泣き疲れからか、リュカは寝てしまったようだ。葬儀は正午から。それまでは寝かしておこうと、エティエンヌ、マリエッタ、ジャドはそっと部屋を出た。
扉が閉まりリュカが見えなくなると、マリエッタが愛らしい大きな瞳に涙を溜めてぽつりと言う。
「エティエンヌ様、私はリュカに何もしてあげられませんでした。神の言葉も、私ごときの口から出たのでは、何も意味を成しませんでした」
そんなマリエッタに、エティエンヌは膝をつき目線を合わせると、そっと手を取った。
マリエッタの手も、エティエンヌの手も、畑仕事のお陰でやや黒い。それでも美しさは隠せず、繊細な指先は、まるで二人の心を具現化しているように思えた。
「神の…聖典の、教会の言葉は、誰にでも等しいものではないのだよ、マリエッタ。人はみな、同じ道を歩いていない。その人にはその人の、神のお言葉が与えられている。覚えておいで、マリエッタ。次に助けたい人がいたならば、その人が最も求める神のお言葉が、君に預けられるだろう。君の役目は、それをその人へ伝えることだ」
「エティエンヌ、さま…、はい…!」
マリエッタはぐいと涙を拭って、強い意志を顔に表した。
「さあマリエッタ、次の君の仕事は、リュカのお母様を神のおられる天上へ送り出すことだ。そのための準備を、君は完璧にすることができる。私の自慢の娘マリエッタ。頼んだよ」
そしてエティエンヌの言葉にこくりと頷いて、礼拝堂の方へ急いで降りていった。
一方ジャドは、娘、という言葉を聞いて、先程のエティエンヌの言葉を思い出していた。
――生きていた証を残さねばならない。
きっとエティエンヌにとっての生の証は、この教会、教会の子どもたち、村人なのだろう。
ジャドには、何かあるだろうか?生きていた証が……。
いや、ない、まだ。だからこそ、ジャドは生きねばならないのだ。…のためにも…。
「え?」
ふと過ぎった考えにずきりと頭が痛み、思わず額を押さえて壁へ寄り掛かる。
頭痛はその一瞬で終わり、それまで何を思い出そうとしていたのか、何もかもが空白の世界へ消えた。
「ジャド?」
エティエンヌの声に、ジャドは顔を上げる。
「ん?」
「どうかしたのですか?」
「いや…なんでもない」
思い出せないことを思い出そうとしても労力の無駄だということを、この数か月で十分に承知していたから、ジャドはそれまで考えていたことを放り出した。
「それより…俺も葬儀の準備、手伝うよ。それしかできることがないから」



葬儀は粛々と執り行われた。男たちの手で遺体は墓に葬られ―ジョティの力持ちがここで大いに役立った―エティエンヌが神父として聖典の言葉を引用して説教し、リュカ一家や、近所の村人を慰めた。
少し雲が出てきた昼過ぎに葬儀は終わり、人々は解散して農作業に戻ることとなった。
リュカはもう泣いていなかった。ただ疲れたように下を向いているだけだ。
「ありがとうございます、神父、リュミエール様」
リュカの父親がそう言って、エティエンヌに軽く会釈する。
「リュミエール?」
「エティエンヌ様の司祭名です」
ジャドがぽそりと漏らすと、隣にいたマリエッタがこっそり教えてくれる。
「へえ…」
「では、また何かあったらよろしくお願いします…」
リュカの父親が頭を下げて帰っていく間にも、リュカは沈痛な面持ちで黙ったままだった。
「大丈夫かなあ、リュカ…」
「エティエンヌ様のお言葉はリュカに前を向かせたと思います。だから、大丈夫ですよ」
マリエッタがにこりと笑って、何の影もなくそう言う。
ジャドもまた、エティエンヌの言葉を信じようと思い、無言で頷いた。
きっとリュカは大丈夫。何日暗い哀しみの中を漂おうとも、彼はエティエンヌの言葉を忘れることはないだろう。