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暁女神<エオス>の目覚め 離星の章

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離星-4


「神父さま!!神父さま、助けて!」
夜を狩り場にする鳥の声だけがどこからか響く、静かな夜だった。
数メートル先に住む農夫の息子…リュカが、泣きながら教会に飛び込んできた。
眠い目を擦りながらジャドが礼拝堂に降りてくると、リュカが粗末な燭台を手にしたまま腰に抱きついてくる。
「リュカ…?」
後ろから、走ってきたエティエンヌが「どうしたのです?」と声を上げる。
リュカのまだ小さな手には、蝋が貼り付いていた。それすら気にならないくらい、リュカは興奮しているらしい。いったいどうしたことだというのだ。
「お母さんが!お母さんがああ!助けて、神父さま!ジャド!」
騒ぎに気付いた教会の子どもたちが、起きだしてきたらしい。寝巻のままのマリエッタが礼拝堂の隅にある、小さくなった蝋燭に火を点けた。じじっと音がして、少しだけ礼拝堂の中が暖かくなった。
「落ちついて、リュカ」
「お願い、早く、来て、お母さんを、助けて!」
リュカのその様子がただならないので、エティエンヌを筆頭にジャド、ジョティ、そしてマリエッタが、リュカの家へ向かうことになった。
リュカの家には煌々と明かりが灯っていた。リュカに手を引かれるままジャドが一家の寝室に入ると、寝台にはリュカの母親が蒼い顔で寝そべっていて、その様子を診ている村でただ一人の老いた医者、シルヴェストルが寝台のすぐ側にいた。その横に、同様に顔を真っ青にしたリュカの父親が呆然とした表情で立っている。
「エティエンヌ様…」
シルヴェストルが、入ってきたエティエンヌの名を呼ぶ。
彼は、皺だらけの顔を渋くして、ただ無言で首を振った。
「いま、心音が止まったところです…元々、体調が良くありませんでしたから…」
「お母さん!お母さん!!」
リュカが、燭台を投げ捨てて母親の元へ走り出す。
「死んじゃったの?お母さん、死んじゃったの?嫌だよ、なんで?どうして?うそだよね?お母さん、起きてよ!」
その必死な様子に、リュカの父親がうっと声を上げて泣き出す。
ジャドの後ろで、マリエッタが目を赤くして、声を上げずに泣いているのがわかった。
ジャドはこんな時どうしていいのかさっぱりわからなくて、その場に立ち竦んだ。
その間にエティエンヌがそっとリュカに近寄って、彼を抱き上げる。
「リュカ、リュカ。落ちついて」
「ねえ神父さま、神様にお願いして、お母さんを生き返らせて!」
そんなことはできないよ、そんな言葉が出かかって、ジャドは苦い思いが口の中に広がるのがわかった。
そう、そんなことはできない…死んでしまった人を元に戻せるほどの力を持つ者など、どこにもいないのだ。
拳をぎゅっと握ったジャドの隣を、すっとマリエッタが進んでいくのが見えた。
泣きながら、そっとリュカの父親の肩を叩く。
「この寝台は、彼女には硬すぎますでしょう。暖かい毛布に包み、私どもの教会へお連れください」
さすがエティエンヌの侍者と言うべきか、まだ幼いのに、格別の優しさと強さを持っているマリエッタに、ジャドの心は揺り動かされた。これも、エティエンヌの教育の賜物なのだろうか。
リュカの父親は泣きながら唇を噛み締め、そっと頷いた。
彼は息子とは違い知っていた。亡くなった人間はもう戻ってこないのだと。
「私も手伝いましょう」
そう言ったシルヴェストルとリュカの父は、マリエッタの言う通りにリュカの母親の遺体をシーツで包んで、二人がかりでエティエンヌの教会まで運んだ。
リュカはエティエンヌの胸の中で泣いて、喚いて、暴れていた。
リュカの母親の遺体は、一旦礼拝堂の中に安置されることになった。明日には葬式が執り行われることになるだろう。
その取り決めが行われた頃、リュカは泣き疲れたのか、眠ってしまっていた。
エティエンヌとリュカの父親は明日の段取りを手短に話し合い、今日のところはと、解散することになった。
リュカの父親は、エティエンヌの寝台で眠りこけているリュカを起こそうとしたのだが、エティエンヌに止められる。
「リュカを、明日まで預かってはいけませんか?起こすのは可哀想ですし、何より、明日、リュカは母親のいない家を見て悲しむことでしょう」
エティエンヌのその提案で、リュカは教会に泊まることとなった。
エティエンヌは、リュカの父親が帰り、教会の子どもたちが再び寝静まった後も、リュカの側で、眠る彼を見守り続けていた。そんなエティエンヌに、ジャドは何度も寝ろと言ったのだが、聞かない。仕方なく自室に戻ろうとして、ジャドはふと、自分の時も彼はこうして見守っていたんだと思い出す。
そして、はっと頭に浮かんだことを、それがどういう意味か考える暇もなく、口に出していた。
「なあ俺は…親を亡くすって感覚がわからないんだ。でも、親を亡くしても、きっと悲しまないんだ。だから、リュカの気持ちがわからないんだ。それがすごく、今、悲しい」
それは必然的に、記憶をなくす以前のジャドには親がいて、そして亡くなっても悲しまないほどには、親と疎遠だったことを、思い出したということになった。
「ジャド…?」
怪訝そうな顔をしたエティエンヌが、ジャドを振り返った。
自分は今どんな顔をしているのか、自分でも知りたくないし、ましてやエティエンヌには見られたくなくて、ジャドは彼に背を向ける。
「寝れそうなら、少しでも寝ろよ。明日、大事な式典だろ。みんなの前で恥かくなよ」
「ジャド」
「何だよ」
「他人の心を理解しようとする、その姿勢が尊いのですよ」
「……うるさいよ」
エティエンヌが今、どんな顔をしているのか、ジャドにはわかったし、ジャドが今どんな顔をしているのか、きっと彼にもわかっていることだろう。
恥ずかしくなったジャドはぶっきらぼうにそう言って、今度こそ再び自室へと向かった。





リュカにとって一番大事な家族の一人が死んでも、それでも、朝は来た。
泣き叫ぶような声で、ジャドは目を覚ます。
昨晩もこんな声で起されたっけ…思い出して、寝不足であろう自分の頭がずきずきと痛むのを自覚した。
「リュカ…泣いてるのか」
他人事のように思う。慰めてやらねばと思うが、かける言葉もするべき行動もわからない。そのようにどこか一歩置いた自分に、果てしなく嫌悪感が募った。
エティエンヌやジョティと一緒にいると、自分がどんなに優しさや思いやりといった感情に欠けているのか嫌になるほど自覚させられた。
二人が当たり前のように持てるもの、それを、自分は持っていない。
自覚したところで、自由に持てるものでもない。
自身の大きな欠点だけが目の前に大きく立って、ジャドは寝台の上で膝を抱えた。
だがすぐにそうしていても仕方がないと思い立ち、ジャドは自室を後にした。
ジャドが向かったのはエティエンヌの寝室。リュカがいるであろう場所だった。
扉を開ければ、思った通り、リュカが寝台に突っ伏して泣き喚いていた。
そのリュカを抱きしめるようにして、マリエッタが彼の頭を撫でている。こうして二人を並べると、マリエッタの方が少し幼く見えた。
その二人を悲しそうな、困ったような、苦い笑いで見つめるエティエンヌが、寝台に腰掛けている。
「ジャド…おはようございます」