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暁女神<エオス>の目覚め 離星の章

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離星-5


気がつけば、ジャドたちがグリ村に滞在してだいぶ長い月が過ぎようとしていた。
その間に教会で預かっている子の一人が結婚し、別の一人は立派な聖職者を目指して旅に出た。
ジャドとジョティはすっかり村に溶け込んで、村の敷地に畑を一つずつもらうまでになった。
昨年は他人の畑仕事の手伝いだけだったが、今年は何を植えようかと考えるだけでジャドはわくわくした。それに、ここに住んでいいという許可を村人みんなからもらったという事実に、ジャドはたまらなく嬉しさを感じた。
今日は、先日村を襲った嵐のために、村の所々で屋根が破損し、それを修復するためジョティが駆り出されることとなった。
ジャドも微力ながら手伝いたいと申し入れ、早朝に自分の畑の仕事をこなしてから、ジョティと共に村を回ることにした。
昇り始めた朝日は既に眩しく、屋根に登る二人の瞼をちくりちくりと刺した。作業を始めてからすぐにじわりと背中に汗が滲んできたが、初夏の風が服の間をすり抜けていって、心地良かった。
太陽がてっぺんより少し傾き始めた午後、何軒目かの屋根の修復が終わった時、その家の家主が共用の井戸から汲みたての水を持ってきてくれた。
「おいしい、水、ありがとう」
「こちらこそありがとうねえ、ジョティ。うちは年寄りと子どもしかいないもんで、こういう時に力になってくれる人がいるってのは頼もしいよ」
難しかったのか、ジョディが首を傾げながらジャドに視線を向けてくる。
『助けてくれて頼りになる、ありがとうだって』
「助ける、みんな、いつも」
「ははっ、本当にありがとうね、ジョティ」
何軒もの家で感謝をされて、ジョティはよほど嬉しいらしい。次の家に向かう道中もずっと嬉しそうにして、口が滑らかだった。
『ジョティは本当に人助けが好きなんだ』
『違うな、人が好きなんだ。自分を慕ってくれる人ほど、大切なものはない』
『自分を慕ってくれる人…』
そう言われて、まず浮かんだのはエティエンヌ、ジョティ、そして教会の子どもたち、村人の顔だった。
自惚れでも勘違いでもない、今、自信を持って、彼らは自分を慕ってくれていると言えることができる。そう考えただけで頬が緩んだ。
『無条件で俺を慕ってくれる人などいない。だから慕ってもらうために努力をしている。それだけだ』
ジョティが好んで自ら人助けをする理由。それがそんな理由だったとは思わずに、ただ優しさから来るものなのだと思っていただけに、ジャドは心底驚いた。
『そ、そうだよな、そういう努力も…必要だよな』
『いざという時、自分が本当に困った時、誰かが助けてくれるかどうかは、その時までに己がしてきた言動が答えとなる』
その言葉に滲む苦いものを感じて、ジャドはジョティを仰ぎ見る。
なんとなく、その本当に困った時というものが、過去にジョティを苦しめたのではないかと思った。
『変な話をしたな、すまない』
『いや、すごく…こんなこと言うのも変だけど…勉強になったよ』
お世辞でもなんでもなく心からそう言ったジャドの気持ちが伝わったのか、ジョティがあの人の良さそうな笑顔で笑う。
何があったのか、そう聞いてみたい気持ちがないというのは嘘だったが、それ以上踏み込むのは失礼な気がして、何も聞かなかった。
その時だ。前方、進行方向から、平和には似つかわしくない女性の金切り声が聞こえてきた。
反応が早かったのはジョティだ。ジャドがびくりと体を震わせる間にローブを翻して悲鳴がした方へと疾風のように駆けていった。
「ちょっ、ジョティ…!待っ…」
ジャドもジョティの後を追う。悲鳴の主はすぐにわかった。今から二人が向かおうとしていた家の奥さんだったからだ。
女性に悲鳴を上げさせたのは、見たこともない、武装した男だ。鉄の鎧を身に着けて、鈍い色に陽光を反射する剣を手にしている。女性はその男を見て恐怖に怯え、庭先で竦んだように座り込んでいる。
「お前だれ!」
ジョティが険しい声で叫ぶ。そして傍らに置いてあった鍬を手に取ると、構えるように兵士に突き出した。
初めて見るジョティのそのような激しい姿に、こんな時だがジャドは驚きを隠せない。
さすが、『南の蛮族』と言われるだけはある。その迫力と言えば、まるで獣に牙を剥かれたかのようだ。上背も肩幅も人間離れしているジョティに凄まれて、兵士は一瞬だけ顔を引き攣らせた。
だがすぐに、自分の優位を顔に貼り付けて傲慢そうに言い放つ。
「そんなことお前たちのような土に塗れた下賤の民には関係がない!いいから神父を出せ!」
「神父…?」
ジョティが鸚鵡返す。
「どうして…?」
「だから関係がないと言っている!出さなければどうなるかわかっているだろう?」
ジャドの半ば独り言のような問いに、兵士は威嚇するように剣を空で閃かせた。
「怪しい、おまえ、エティエンヌ、ダメだ!」
そこからのジョティの素早さと言ったら、ジャドを再び驚かせるに十分だった。
ジャドに見えたのは、ローブの隙間からちらりと見えた丸太のようなジョティの腱が、屈伸の動きに吊られてぐいと張る、その光景だけだった。瞬きをする、その一瞬。
気がつけばジョティは兵士の腕を後ろ手に掴み上げ、取り上げた剣を兵士の喉元に突き付けていた。
「ひっ、ひいい!」
兵士自身も、何が起きたのか速すぎて理解できなかったらしい。剣を奪われ命をも奪われそうになっていると理解すると、顔から血の気がなくなる。
どんとジョティを突き飛ばして―ジョティはしっかりと足に地面をつけたままだったが、兵士を拘束する腕を緩めた―、情けない悲鳴を上げながら、兵士は森の奥へと逃げていってしまった。
「あ、ありがとうねえ、ジョティちゃん…」
最初に口を開いたのは女性だった。
その言葉にジョティは女性が立ち上がるのに腕を貸す。
「あれ、誰だったんだろう…」
「さあ…あ、ああ!」
ジャドの問いに一度は首を傾げかけた女性だったが、ジョティの手に持っている剣に目を落として、声を上げた。
「こ、これ…フェルディナンド様の紋章だよ…」
女性の指が剣の柄を指す。そこには引っ掻き傷のように、何かの葉っぱと熊が絡みあった紋章が描かれていた。
「フェルディナンド…?」
「ご領主、フェルディナンド・ド・プレーヴォ公爵様さ!」
「りょ、領主…?」
そこでジョティが置いていきぼりを喰ったような顔をしているのに気付いて、ローカーハの言葉で話す。
『この剣に描かれている紋章、領主のものらしい』
『領主の?どうして領主の兵がここに?しかも、エティエンヌを捜しに?平穏な様子ではなかったようだし…』
『わからない…』
ジャドにはいくら考えてもわからなくて、ただ首を振った。
二人はまず、残った家に屋根の修理は明日以降にすることを詫びに周ってから、急いで教会へと戻った。
エティエンヌに先程のことを話すと、まったく心当たりがないのか、こちらも首を傾げるばかりだった。
「何故フェルディナンド様が?」
謎の領主の兵の強襲を受け、三人は夜まで頭を悩ませた。それでも答えが出るはずがない。
しかし、その理由はすぐに明らかになる。
何やら急に教会の外が騒がしくなり、やがてその喧騒が段々と教会に近付いてくるようだった。
「俺、ちょっと様子見てくるよ」
「俺も」