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暁女神<エオス>の目覚め 離星の章

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離星-3


ジャドは日々を重ねるにつれグリ村での暮らしにも慣れ、教会や近所の人たちの農作業を手伝って暮らした。暮らしは想像していたよりずっと大変で貧しくて、こんな生活やめてしまいたいと思ったことは何度もあったが、それでも収穫した野菜や麦がどんなにおいしいか知ったら、これ以上楽しいことはないと思えた。
ジョティは、言葉の通じるジャドの側をなかなか離れられず、数日居座るはずだったグリ村に、もう一か月以上滞在していた。その間に、これから旅をするのにも言葉を覚えなければならないということで、少しずつジャドやエティエンヌに言葉を教わり、片言ながらもエティエンヌや村人たちと意思疎通が図れるようになっていた。
「私たちの村グリは、叡智と夜明けの国、エオス王国のプレーヴォ領にあります」
そう言って、エティエンヌは古ぼけた地図を広げた。
極東には神の山ガバスと描かれた大きな山脈があり、そこから頭のような形の大陸が生えるように描かれている。その大陸を人か動物の横顔に見立てたとすると、唇の部分に飾り文字でイオ大陸と記してあった。
プレーヴォ領はちょうど耳の部分、ガバス山脈に接しており、北にはエオス王国で二番目に大きい領土を持つメリエール領、南にはたるんだ顎のように横に長いヴァンサン領があった。
そのヴァンサン領の下には一つの小さな孤島が浮かんでいる。そここそがジョティのやってきたローカーハである。大きさは、ヴァンサン領より少し小さいくらいだ。
だが、エオス王国の文化には決して真似できない華麗で猛々しい文化が濃密に熟していることは、よく知られている。
「ここが」
エティエンヌは、イオ大陸の鼻の部分を指した。
「王の直轄地で、この中央より少し東には王都マタンがあります。ここに、我らが王パウルス四世陛下と、陛下に仕えます大天主教会の大司教、ギョーム猊下がいらっしゃいます」
「この教会もその大天主教会の一つなんだろ?」
ジャドが聞くと、エティエンヌは満面の笑みと共に頷く。
「そうです。畏れながらギョーム猊下には何度かお目見えする機会があってね。こんな田舎の教会にもおいでになる、とても素晴らしいお方です」
「ふぅん…そうなんだ」
エティエンヌの言い方には段々熱がこもっていったが、ジャドのその気のなさそうな返答にはっと冷静に返ったようだ。
「申し訳ありません。えっと…グリ村の場所はわかりましたね?」
今度はジョティに向かってそう言い、改めて地図を見下ろすエティエンヌ。
「わかった」
ジョティはこの言葉が口癖になりつつあった。言語を習得する呑み込みが早いのもあったが、何より素直なのだ。やはり、見た目と中身の合わない男だ。
「この、山、向こう」
たどたどしい単語を口にしながら、ジョティは無骨な指でガバス山脈をなぞる。
何を言いたいか、ジャドにはわかった。ジャドもちょうどそれを言おうとしていたからだ。
「神の山の向こうは、イブン・シャムシー連合国です。彼の国との交流は、ありません。ですから、どのような国なのか、わからないのです。地理的にはとても近いように見えますが、高く険しい、そして万年雪の溶けることのない神の山『ガバス』を越えた人間は、いまだかつて、おりません」
「海、船、ある」
「いいえ。それが、陛下が国交を固く禁じているのです。歴史の本によれば、数百年前までは交流があったそうですが、ある時両国で大きな戦争が起き、それ以来国交が断絶してしまっているのです。その戦争の理由は、お互いに異なる神を崇拝しているからだとか」
「でも、違う神っていうならローカーハだってそうでしょ?でも、こっちとは交流してるし、商売してるはず」
ジャドが問うと、エティエンヌが困ったように笑みを浮かべた。
「陛下には陛下のお考えがあるのです。私たちのような下賤の民が口を挟むべきことではありません」
ジャドはここ一か月で、エティエンヌが国主、そして神をいかに愛し、頑なな信念を持つか幾度となく知った。その意思は時に優しく、時に厳しかった。
それでもエティエンヌ自身の持つ思いやりと思慮深さを、ジャドはすぐに好きになったし、見習うべき点だと思った。だから、それ以上口答えはしない。
それより、エティエンヌが何故今地図を見せてくれたのか、その目的は二つあるだろうとジャドは考える。
一つは、ジョティがこれからどこへ行くべきか、その提案。