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暁女神<エオス>の目覚め 離星の章

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騒動は遠くからもすぐにわかった。
道の真ん中に大勢の男たちが群がって、暴動のようになりかけている。
これが一人の男に対してなのだとしたら、あまりにも多勢に無勢だ。
「皆さん!何をなさっているのですか?」
「おお!神父さま!」
騒動の中心である旅人の姿は、激昂している顔の赤い血気盛んな男たちに囲まれていて見えない。それを、彼らを止める術を持たない老いた男たちがそれぞれ囲んでいた。
みんな一度はジャドの顔を見たが、それよりも重要なことをすぐに思い出して、神父に縋る。
「早く彼らを止めて下さい!」
本来聖職者であるエティエンヌがこういったやっかいごとに首を突っ込む必要はないし、それを要求されることも有り得ない。
だが、実際にはエティエンヌはどうやら人々の信頼の的であり、何か困ったことがあったら神父に頼る、そういう風習なのだろう。恐らく、ここはそういった村の指導者的立場が、神父に任されるくらいには小さな村なのだ。
村というよりは複数の家族がコミュニティーを作っている集落に近いかもしれない。
そのエティエンヌは、嫌な顔一つせず、責任感溢れる面持ちでここへやってきた。
「皆さんやめてください!」
その声に気付いた、顔を真っ赤にして怒号を上げている髭面の男がこちらを振り向く。
そして、神父の姿を認めると血相を変えた。
「し、神父さま…!これはですね」
他の男たちもエティエンヌに気付くとはっとしたように一気に静まり、場の空気は一気にクールダウンした。
と、同時に男たちが今自分たちがいた所から一歩ないしそれ以上引いたため、それまで彼らに囲まれていた男の姿が、ちらりと見えた。
前へ前へと進んでいったエティエンヌとは異なり、離れたところで彼らを見守っていたジャドには、男たちの足元でうずくまっている大きな布の固まりしか見えなかったが。
「村の中心で何をやっているのですか?」
「そ、それがですね、こいつが、俺たちをあまりに馬鹿にするもんで…」
「こいつは礼儀も知らず俺たちに殴り掛かった!」
「宿代を払えと言ったのに踏み倒そうとした!」
エティエンヌが厳しく問い質すが、始めの男がまごついて言ったのを皮切りに、各々が好き勝手に主張し始める。
酒に酔って前後もわからないような男たちの、誰の証言も信じられないのはジャドにも明らかだった。
「誰か一部始終を見た者は?」
同じように諦めたエティエンヌが、周囲で様子を窺っていた老人や、女子供に問い掛ける。
「俺見た!」
親が見物しに来たのについて来たのだろう、農作業着を来た純朴そうな少年が手を挙げた。
「あの異人さんが…」
少年は、未だに跪いたままの布の固まりを指す。
「おっさんたちにいちゃもんをつけられて…」
次にその指先は酒に酔った男たちに突き付けられる。
男たちは自覚があったのだろう、反論もなくうっと言葉を詰まらせる。
「異人さんが無視するからおっさんたちが怒って、殴ろうとしたら異人さんが避けて、おっさんがこけて、それでおっさんたちがますます怒って…」
「この野郎!ろくに仕事もできない半人前が!」
「なんだと!昼間から酒飲んで仕事もしてないのは誰だよ!」
「わかりました」
我慢できなかった一人の男が少年に怒鳴りかかり、少年も負けじと反論したが、エティエンヌの一声で皆が静まり返る。
「それでは酒場を昼間は営業停止にしましょう」
「それはないよ!」
真っ先に声を上げたのは、遠くで騒動を見守っていた、貴族を気取った洒落た服を着た男で、酒場の経営者であろうと察しがついた。
「誰も酒を飲むなとは言っていません。こんなに仕事をしないで酒場に通っている者たちがいるとは知りませんでした。お昼に酒を飲むことも原則禁止です」
仕事をさぼっている自覚のある、酔っ払った男たちは皆一様に誰も何も言わなかったが、その渋面から文句があるのは見え見えだった。
「次にこのようなことがあって、もしも死人が出るようなことがあれば、私が責任を取るしかありません」
しかし、神父の言葉でようやく男たちは渋々ながらも納得したようで、「それは困る」「仕事しねえと食いぶちがなくなるだけだしな」と頷いた。
エティエンヌはようやくほっとしたように一息ついて笑顔になるが、すぐにローブの裾を持って走り出す。
向かったのはあの布の固まりだ。
ちょうど目の前の男たちがエティエンヌを通すために退けたので、今度はジャドにもその姿が見えた。
ゆったりしすぎているローブは綺麗に染め抜かれた橙色で、そこから法衣のようなきっちりして地味な旅装束が見えた。
背中に大の男二人分ほどの大きな荷物を背負っている。
エティエンヌがその肩にそっと手を置くと、今までぴくりとも動かなかった大きな固まりが、布擦れの音と共に立ち上がった。
ジャドは思わず息を呑む。
男の外見はとても人目を引くものだった。
まず背丈が見たこともないくらい高い。
エティエンヌはかなり背が高いが、それよりも頭一つ分は飛び抜けている。
背丈があるだけでなく、それこそ獅子相手にも引けを取ることがなさそうな隆々とした筋肉が、ゆったりとした服の上からでもはっきりわかった。
そして、その顔は体格に負けず雄々しく、眉は喧嘩好きを思わせるように山を描いている。いかにも南の島出身の異人といった褐色の肌に、左耳から右耳までを横一線に貫く、裂かれたようにくっきりとした傷痕が見えた。
まだ若い。恐らく歳の位はエティエンヌとそう変わらないだろう。若々しさも手伝って、ますます彼を勇猛果敢な戦士のように見せた。
ジャドは確信する。彼は南の孤島ローカーハに住む、島民のマジョリティであるアリアン族だ。
アリアン族に特徴的な鋭い眼光に、ローカーハの特産物であるビーズと呼ばれる髪留めで何本、何節にも分けて括られた、黒の雄々しい長髪。
大陸の人間がアリアン族…俗称『南の蛮族』と言われてまず思い浮かべる姿そのものだった。
ジャドは、そういったことは覚えている自分に安堵し、そして自らのことはまったく思い出せない自分には不安を募らせる。
「すみません…痛かったでしょう」
男は心配そうなエティエンヌを見下ろし、ゆっくり首を振った。
言葉がわからないようだと聞いていたが、わからない振りをしていただけなのだろうか。
「怪我はありませんか?どちらからいらっしゃったのでしょうか?どこへ向かっていらっしゃるのでしょう?」
だがエティエンヌが質問を重ねると、困ったような顔をして首を傾げる。
その体格顔立ちとは反した愛嬌のある仕種に、ジャドは思わず笑ってしまった。
『申し訳ないが言葉がわからないんだ』
男がそう言った時、始めは何の疑問も湧かなかった。しかし、男の言葉と自分の思い込みの食い違いに気付き、大きな違和感を感じる。
男の言葉ははっきりと聞こえた。意味もわかった。それなのに、村人は、エティエンヌさえ、誰一人として理解していないようなのだ。
「そうか」
ジャドは独り言をもらしていた。
アリアン族の言葉は民族独自の言葉で、大陸のものとは違う。大陸人には難解であり、アリアン族にとって大陸の言葉も理解が難しいだろう。
『通訳ならここにいる』
気付いたら、アリアン族の言葉で声を張り上げ、男に向かって歩いていた。