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暁女神<エオス>の目覚め 離星の章

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離星-2



次の日ジャドが目覚めると、とっくに陽が昇っていた。窓の外を覗けば、太陽は既に空のてっぺんまで差し掛かっていた。
長旅の疲れがまだ残っていたのか、それとも泣き疲れたのか。
年上の男を前に涙と鼻水をだらだらと流していたことを思い出して、一人赤面する。
きゃっきゃっという声が聞こえて、下を見ると教会の裏庭に位置するらしい畑が見え、何人かの子どもたちが遊び半分に農作業をしていた。
この教会で養っているという子どもたちだろう。
ここでこうしてじっとしているのも何なので、階下に降りることにする。
一度違う部屋に入ったりと少し迷ったが、ようやく階段を見つけ、一階へ降りた。
一階はすべて礼拝堂になっていて、奥になかなか豪華な祭壇と説教台が見える。
天井は高く、壁の途中から天井までは高価な色付きの硝子張りになっており、射光がされている。そのため教会の中は暖かな光に包まれていた。
「あっ、ジャドさま」
不意に可憐な声が背後からして、ジャドは振り返った。
ベールを被った女の子だ。髪を上げているから大人っぽく見えるが、実際は十二、三歳くらいだろう。
彼女は教会内の清掃していたらしく、雑巾を持ったまま近付いてきた。
「もうお加減は良いのですか?」
親しげに笑いかけられたが、ジャドには彼女が誰だかわからない。
ぽかーんとだらしなく彼女の顔を見つめ返すと、不意に彼女はあっと声を上げ頬を赤らめる。
普段の表情や言葉遣いはやけに落ち着いていたが、そんな顔を見ると、まだ子どもの域から抜け出せていないのだなあと他人事に思った。
「自己紹介がまだでしたよね。失礼しました。わたくし、エティエンヌ司祭さまのお傍で侍者を務めております、マリエッタと申します」
その名前には聞き覚えがあった。昨日、エティエンヌに食事を運んだという子だ。
「神父さまは裏の畑におられます。お呼びして参りますね」
「いやっ、あの、別に」
わざわざそんなことをしなくても良い、と声を上げる前に、彼女は笑みを深めて言葉を重ねる。
「司祭さまに、ジャドさまが起きてこられましたら、報せるよう仰せ使いましたの。わたくしはそれを守らねばなりません」
そう言われては、止める道理もなくなってしまう。マリエッタはうふふと笑い声を上げて、ジャドに一礼してから外へ出て行った。
年下の女の子に言い包められたことに再び少しだけ頬が熱くなり、頭を振る。
すぐに扉は再び開いて、昨日見た通りの男と、マリエッタが戻ってくる。
陽の下で見ても、エティエンヌは見目麗しい男だった。
上背はかなりあり、ジャドは彼と目を見て話すのに上を見上げればならない。金糸の髪が腰まで伸びているが、畑を耕したり貧しい暮らしの中で生きてきたとは思えないくらい繊細だ。深い二重の目の瞳は碧眼で、やや細長い面は病的なまでに白く、女のようでもあった。
「おはよう、ジャド」
変わらず柔和な笑みは、浮世離れしている。
「もう昼だぞ」
何を言えば良いのかわからず、思い付いたことを何も考えずに口にするが、
その揚げ足はそのまま自分に返ってくることに気付いて、少し後悔する。
だがエティエンヌはそんなことには構わず、にこやかに微笑んだ。
「…ではこんにちは、ジャド」
なんとも間の抜けたその返事に拍子抜けして苦笑する。エティエンヌの後ろでは同じく、マリエッタが苦笑している。
「この人、いつもこんななの?」
「ええ。変でしょう」
「変とはなんですか」
マリエッタがくすくす笑うのに、エティエンヌは唇を尖らせて反論する。
まるで子供のようなその仕草に、思わずジャドはエティエンヌの顔を穴が開くほど見つめてしまった。
「大変です神父さま!」
そこに慌ただしく乱入してきたのは、粗末な作業着を着、息を切らせた背の低い中年の男だった。
痩せた体に、優しそうな下がった眉が印象的な男だ。
「なんです?ヤン」
それが村人の名前のようだった。
困った顔さえ美しいエティエンヌは、ヤンの上下を続ける肩をそっと撫でる。
エティエンヌの方がずっと若いはずなのに、それは親が子に慈愛を持ってする仕種のようだった。
「町、の方で、異邦人の旅人と、酒場のやつらが、ケンカを始めて…怪我人も…」
「まあ!」
血だらけの修羅場を想像したらしいマリエッタが思わずといったように声をあげる。
やっと息を整えた男が額の汗を拭う。
「旅人は言葉が通じないようだし、酒場の奴らは旅人以上に言っても聞きやしねえ」
どうやら真昼間に起きたジャドよりも不健康な人間たちがいたらしい。
「すぐに行きましょう」
黒い僧衣の上に外套を着込んだエティエンヌが村人について行く。突然放り出された気分になったジャドは、「俺も行く」と声を上げていた。
「あなたをまだ村人みんなに紹介していません。不審がる者もいましょう」
その言葉で下がりかかったジャドの肩を持ったのは、マリエッタだった。
「男手は多い方が良いでしょう。それに、信頼ある神父さまの傍にあるジャドさまを、軽々しく扱う者もいないはず」
「……わかりました、どうか危ないことはしないで。それから私の傍から離れないで下さいね」
ジャドは頷いて、エティエンヌの後に続いた。