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天使と悪魔の修行 後編

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 ナオキは落ち込むのを通り越して怒りだしました。

 自分の所属する課の部屋に入っても状況は一緒です。女性という女性がみんなナオキには冷たい態度で接するのです。
 それを見ていた男性社員たちは、陰でこそこそと陰口を言いながら笑っています。いつも女性に調子のいいナオキは、男性社員からは妬まれていたのです。

 結局夕方までずっとそんな調子で、仕事が終わる頃にはいささか嫌になっていました。

 あっくんは? と見ると、肩でハアハア息を切らしています。
 無理もないでしょう。ナオキが声を掛ける女性に片っ端から呪文の言葉を掛けていたのですから「エロエロエッサイムー イヤイヤイッサイムー」とね。

「ふぅー、くたびれたわあ」あっくんは大きく溜息をつきました。

「もう、今日は気分が悪いからどこかに飲みにでも行くかなあ……」
 ナオキが帰り支度をしながらブツブツと呟いています。

「一体どこへ行くつもりだろう。まさか……」
 もしかしたらユキの所へ行くつもりじゃないよな……と、あっくんは一瞬そう考えたのだけど、いくら何でも、ついこの前あんな酷いことを言ったばかりなんだから、それはないだろう……と、自分の考えを否定しました。

 ところがところが……仕事が終わってナオキが向かった先は――。

 ナオキは、その店のドアを慣れた調子で開けると、店の女の子に向かって声を掛けました。
「やあ、こんばんわ。ユキいる?」
 なんと図々しい奴でしょう。選りにもよってユキの店にやって来たのです。
「いますけど……」
 女の子は明らかに呆れたような顔でナオキを見ています。

 ナオキは職場で散々女性に冷たくされたもんだから、その憂さ晴らしを兼ねてやって来たのです。その内心は「あの後ユキはきっと、俺に捨てられたと思って泣いたんだろうから、今行けば、戻ってきてくれたと喜ぶに違いない」と勝手にそう思い込んでいるのです。本当にどうしようもない奴です。

 女の子の知らせを受けて、お店のママが顔を出しました。
「あらいらっしゃい。今日は何かしら?」
 ママが蔑むような視線を投げて言いました。しかし、鈍いナオキは気づきません。
「何って……飲みに来たに決まってるじゃないか。ユキいるんだろう?」

「申し訳ないけど、うちの店は、女の子を泣かせるような人には来て欲しくないのよ」
「ママ、何言ってんだよう。俺は客だぜ!」
 ナオキが眉をピクピクさせながら声を荒げて言いました。
「もう、分からない人ねえ。だから言ってるでしょ! あんたみたいな人は、うちの店にとっては客でも何でもないんだよ。分かったらさっさと帰ってちょうだい」
 そう言ってママは、ナオキを玄関の外へ押し出そうとしました。しかし、そのままでは気持ちの納まらないナオキは、ママの手を払って大声を上げました。
「ユキ! ユキー! いるんだろ? 出て来いよ。俺だよ!」
 ママとナオキが押し合いをしていると、奥からユキが出てきました。
「ナオキ、今更私に何の用なの?」
 ユキが身体を斜に構えてナオキに言いました。
「ユキ、何の用って……あ、この前はごめんよ。ついあんなこと言ったけど、あれは本気じゃないんだよ。ちょっとイライラしちゃってさ。悪かったよ。ほらこの通り謝るからさ」
 そう言うとナオキは、軽く頭を下げました。
「今更謝ってなどくれなくていいわよ。もうあなたのことなんて忘れたんだから……」
「ユキ、素直になれよ。本当は俺のことが恋しかったんだろう?」
 そう言うと、ふふっと唇を歪めました。

 その時です。バシッと音がして、ナオキが思わず自分の頬に手を当てました。
 ユキが思いっきりナオキの頬をひっぱたいたのです。

「イッテー! 何すんだよう! いきなり」
 ナオキの目が怒りに燃えているように見えます。
「もう帰って! 二度と私の前に姿を見せないで!」
 ユキはしっかり自分が言われたと同じ台詞を言い返してやりました。するとその途端、何だか胸がすうーっとしたような気がしました。

 その後は店の女の子が数人、ママと一緒になってナオキを店の外へ追いやりました。

「チェッ! 何だってんだよ。せっかく俺が来てやったっていうのによー」

 店を追い出されたナオキは苛ついて、思わず外の看板を足蹴にしました。
 その途端、看板が痛みを堪えるような『ゴボッ』という音を立てて横倒しになりました。

「ふざけるんじゃねえぞ! 二度と来てやるもんか」
 ナオキはそれでも怒りが納まらない様子です。
 そんなナオキの様子を、楽しそうにニヤニヤとあっくんが見ていたのは言うまでもありません。

 その後、ナオキは一人で赤提灯に入り、そこのオヤジに散々女の愚痴をこぼしながら酒を飲み、いい加減酔っ払いました。
 店を出て、ふらふらした足取りで自宅へ向かう途中、ナオキは道路を渡るために歩道橋へ上がりました。そして向こう側へ渡って、降りる時のことです。

 あっくんがにやーっと笑うと「とどめだ!」と呟いて、ナオキの足を引っ掛けたのです。

「うわあーーー!!」
 ナオキは勢いよく歩道橋の階段を転げ落ちました。
「ハハハハ、やったぞー!」
 それを見たあっくんは大喜びをしています。

『人の不幸は蜜の味』って言葉があるけど、あれってきっと、悪魔のための言葉なんじゃないでしょうかねえ。あっくんの喜びようを見ているとそんな気がしてきました。

 階段の一番下まで転げ落ちたナオキは、痛くて動けません。
「誰かぁ……助け……てぇ……」
 助けを求める声も途切れ途切れの上、かすれています。

 夜も遅いので、あまり人も歩いていませんでしたが、しばらくして、漸く通りがかりの人が気付いて救急車を呼んでくれました。

 次の日、病院のベッドのそばであっくんは、せっせと宿題のレポートを書いていました。レポートはもちろん銀色のパレットに、頭の中で考えたことをインプットしていきます。
 そばのベッドの上で、足を吊られたナオキが呟いています。
「ああ、俺ってなんてツイてないんだ。こんな怪我までしちゃって……」

 ナオキは歩道橋から落ちた時に足の骨が折れていて、全治六ヶ月の診断を言い渡されていました。普通に歩けるようになるまでには、それプラス、リハビリの時間も要します。だからかなり長期に亘って会社を休むことになってしまうのです。

「頸にならなきゃいいなあ……」
 なんて思ってた矢先に、お見舞いと称して会社の上司がやって来て言いました。
「なあ、ナオキくん。君の怪我には大いに同情するんだがねえ。何分景気も良くないし、出社できない社員を抱えているほどうちの会社も裕福じゃないんだよ。でね、悪いけど君は解雇ということになったから……」
 上司はほんの気持ちだけ『すまなそうな顔』をして言いました。
「えっ!?」
 ナオキはショックが大き過ぎて二の句が継げません。
「……あ、でも一応退職金は出してもらえるように頼んどいてやったから、その金でゆっくり治療に専念するんだね」
「は、はあー」
 ナオキの口から漏れたのは返事だったのか溜息だったのか……。
 ともかくも、用事を済ませた上司はとっとと帰ってしまいました。