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天使と悪魔の修行 後編

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「ユウキ、よく聞いてね。今までのママは本当にいけないママだった。こんなに可愛いユウキに可愛くないって言ってみたり、時には邪険にしてみたり……でもね、これからは違うよ。ママはきっといいママになる」
「いいママ……?」

 幼いユウキ君には、ママの言ってることがまだよく分からないので、不思議そうに小首を傾げました。

「……そう。今までのママは悪いママだったから、神様からの罰が当たっちゃったの。ほら」
 そう言うとママは、左手の甲をユウキ君に見せました。
「あっ、ママ、あかくなってるよ」
「うん、そうなの」
「ママ、いたい?」
「大丈夫よ。最初は痛かったけど、今は平気」
「ふぅーん」
 ユウキ君はあどけない顔でママを見つめます。

「ユウキ……」
 ママはそんなユウキ君をいきなりギューっと抱きしめ、
「これからは、うんと、うーんとユウキのこと大事にするからねっ。だからママを嫌いになったりしないでね」
 そう言ったママの瞳はキラキラ光って見えました。

「ママぁ、くるしいよ。そんなにギュッとしたら……」
「あっ、ゴメンね」そう言ったママが慌てて腕を緩めると、
「ママ……」ユウキ君がにっこり笑って、
「ぼく、ママだあーいすき!」
 そう言って、ママにギュッと抱きつきました。

「今だわ!」
 二人の様子をじっと見ていた¥ジェルちゃんが、そう気付いてさっと杖を振りました。すると杖の先の☆からLove Vibrationが二人に向かって放出され、ママとユウキ君は言葉にできないほどの幸福感に満たされました。

 二人の顔には満面に笑みが溢れています。きっとこの時の気持ちは二人にとって、生涯消えない感動として記憶に刻まれることでしょう。
 めでたし、めでたし……。


 皆さん! めでたしとは言っても勘違いしてはいけませんよ。物語はまだまだ終わりではありません。

 さて、二人の満面の笑みを確認した¥ジェルちゃんはホッとして、
「ああ、良かった!」と呟いたのですが、あっくんはそうはいきません。

「あーぁ、なんでこうなっちゃうんだろうなぁ。予定ではユキは不幸のどん底に落ちるはずだったのに……どうしてこんな……。これじゃあまるで幸せの真っ只中状態じゃないか。参ったなぁ」
 吐き出すように不満な思いを呟くと、ハッと気付いたように言いました。
「しまった! ここでのんびりしちゃあいられないぞ。早く誰かを不幸にして宿題のレポートを提出しなくっちゃ、おいら神の国に帰れないじゃん。そうだ! こうなったらナオキだけでも徹底的に不幸にしてやる」
 そう決めると、早速瞬間移動をしてナオキの元へと飛びました。

 実はね、天使も悪魔も地球上での修行中に限り、半径百キロ圏内なら自由に瞬間移動することができるんです。だってそうでしょう? てくてく歩いてたり、背中の羽根をバタバタさせて移動してたんじゃあ、とてもじゃないけど制限時間内に宿題をクリアーするなんて、到底無理! ですものね。ふふっ。

 あっくんは行ってしまったけど、残された¥ジェルちゃんは、
「これで宿題は完了だわ。早速レポートを提出して神の国へ帰ろうっと!」
 そう決めると、こう呪文を唱えました。
「メモリン メモリン プリンクリン」

 すると、あ~ら不思議!
 突然どこからともなく銀色に輝くパレットが現れました。それは十センチ四方の長方形をしており、蓋を開けるとそこに文字をインプットできるようになっています。――と言っても人間みたいに文字を書くわけではないのです。頭で考えるだけでそこには文字が現れます。

 ¥ジェルちゃんは、そこに今までの経過をインプットすると、小さな青いポッチをプチッと押しました。するとその内容は神の国のヨーフル先生に届くしくみになっているのです。

 そうですねぇ、まあ人間界の物に例えるなら小型のパソコンみたいなものかな? それでインターネット送信するみたいに、レポートが先生の所まで送られるのです。そして、それを見た先生がOKを出すと、今度は帰りの指示が生徒の元に届くんです。

 先生からの返事が届くまでには若干の時間が掛かります。その間に、¥ジェルちゃんはユウキ君にお別れを言おうと思いました。しかし、ママとべったり一緒にいる今は、ユウキ君に話しかけるのはちょっと難しそうです。仕方がないので、ママがまた夜のお仕事に出かけるのを待つことにしました。

 さて、ナオキの所へ飛んで行ったあっくんはどうしたかしら?

 あっくんが飛んで行った先はナオキの会社が入っているビルの前で、その時ナオキは、会社のビルのドアを開けて、中へ入ろうとしているところでした。
 彼が玄関を入ると、ちょうど出勤してきたミナミとばったり顔を合わせました。
 ナオキは先日一緒に行ったホテルでの出来事を思い出し、にやぁっと笑うと早速声を掛けました。

「ミナミ、おはよう。この前は楽しかったなあ。また行こ……」
 ナオキの言葉を遮って、ミナミが冷たい態度で言いました。
「ナオキ、悪いけど、もう馴れ馴れしくしないでくれる? 私、あなたには幻滅してるんだから……」
「えっ! 一体急にどうしたんだよ。この前はあんなに喜んでくれてたじゃないか……」
「馬鹿言わないでよ! あなたがあんなにセックスが下手だとは思わなかったわ。あの時はせっかくの雰囲気を壊したくなかったから演技してただけよ! そんなことも分からないなんて、ホント最低! フンッ」
 そう言い捨てるとサッサとナオキに背を向けて行こうとします。
「お、おい、ちょっと待てよ!」
 焦ったナオキがミナミの腕を掴むと、
「触らないで!」
 そう言いながらナオキの腕を振りほどき、侮蔑の視線を投げつけると、足音を響かせて歩き去ってしまいました。

「……どういうことだよ」
 意味が分からないナオキは呆然とその後ろ姿を見送っています。

 数歩行った辺りで、ミナミがやたら首を傾げていたことには気付いていません。

「――私、今なんだか変なことを言ったような気がするなあ。どうしてあんなこと言っちゃったんだろう? まぁ嘘じゃあないからいいけど……」
 ミナミはなんだか狐につままれたような面持ちでした。

 無理もありません。皆さんはきっとお気付きでしょうね! そうです。あっくんが呪文を唱えて、ミナミの言葉を操作したのです。そうとは知らないナオキは気分が落ち込みました。
 しかし元より、何事にもくよくよしないタイプの人間らしく、ものの二、三分でコロッと立ち直りました。そしてちょうどやって来た、いつも冗談を言い合う仲の女子社員に明るく声を掛けました。

「やあ、おはよう!」
「あら、ナオキさん、おはよう。今日もお洒落ね! でもそのネクタイ、全然似合ってないわよ! もう少しセンス磨いた方がいいんじゃない? 恥ずかしいわよ、一緒にいると……そばへ来ないでね」
 言いたいことだけ言うとサッサと行ってしまいました。
「へっ?……どうなってるんだ?」
 ナオキは現実が受け止められない様子で、その後は片っ端から声を掛けてまわりました。
 しかし、誰も彼もみんなが、申し合わせたように素っ気ない態度なんです。
「一体俺が何をしたって言うんだよ!」