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機械修理人 壱と半分-親月-

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きこえる。
きこえた。
それでもたぶん。
ぼくはここにいなくちゃいけない。
くらくて、こわい。
このみえないやみのなかで。
ひかりをみちゃいけない。
ぜったいに。
みちゃいけない。
きこえない、ききたくない。
でも。
こわいんだ。


[ 弐 ]

二つの鐘が九つ鳴る。夜空はぼんやりとした幕を帯びたようだ。

(星が見えづらい…)

窓から離れて、少年は夕食を作りに戻る。夜になっても、暑さは消えない。妙なべた付くような印象を拭えない。暑さに疲れ切って、修理人は自分の部屋でへばっているはずだ。

中身を見られない内に、と料理の手を速める事にした。始める前に氷零庫にある残りの食材を確認した。明らかに足りない。近くの川に行って魚でも…が最終的な手段だが。
河は彼らが住む村の管理下にあり、勝手な魚釣りは許されていない。
隠れては出来るだろうが、見つかった後が問題なのだ。減り続けている人間であっても、法を犯すものは重罪だった。罪人とされてモノ達の末路を、少年はとある人間に尋ねた事がある。その人間は、何時も優しく微笑んでおり、知識的に知っている「神様」と呼ばれるものは、きっと彼のような存在なのだろう、とその人は少年の印象を崩す事も、声の柔らかいトーンも崩さないまま、こう答えた。

「機械は廃棄処分になります、当然ですね。人ですか。ただ生きる事だけが彼らの仕事になるだけです。どんな事があっても生かされ、そして塵に還る事さえも赦されない。人はそれを「幸せ」と呼ぶのでしょうね。だって困ることはないんですから、全てにおいて」

瞬間に、その場に居合わせて隣に座っていた修理人の手をぎゅっと握った事を思い出す。奥の方で恐怖と言うものが、繋がって首をもたげた様に、感じた。非常に怖い事を伝えられた、そう考えが付いたからかもしれない。目の前の微笑んでいる人の声が、優しすぎたから。いや、それが虚構のものと受け取れたから。言葉の本当の意味が、知らなくても良いだろう真の姿を突きつけられたからかもしれない。

「いけない、こんな事してる場合じゃなかった」

思考を現実に戻して、調理に全てを傾ける事にした。修理人は、同じものを出すと五月蝿い。さほどグルメではない筈なのに、味には五月蝿い。見てくれにも五月蝿い。五月蠅い尽くしなのだ。残った食材を利用しての食べ物はレパートリーが多い方だとは自負しているが食材がこんなにも限られてくると中々難しい。

「口開けば、ご飯は?だもんなぁ。仕事中は言わないくせに」

修理人は仕事中となると、大好きな食べ物の事を忘れる。だから終わったあとが大変だ。兎に角取り戻そうとかなり食べる。体に似つかわしくない位食べて、幸せそうに眠る。彼の体躯は中肉中背。年齢を感じさせない程の鍛え方はしていないが、筋トレは好きなようで。気分転換に、腹筋をしたり腕立てをしたりしている姿を良く見かける。扉を開けた瞬間にその姿を見るのは何度見てもシュールだとは考えるが。それのお陰か、なまりきった体には見えない。

本日の夕食は、大根の葉っぱと残り二本のソーセージを炒め物に。
昨日食べ残された鮭は、保存しているご飯に混ぜて。スープは、運良くあった賞味期限が二ヶ月ほど切れた煮干の粉を出汁として味噌をとじたもの。勿論、具はなし。騒がれるとは分かっているが、小さなコップに入れれば文句はないだろう。

「…って言うか、ぜってー言わせない」

呟いて、包丁を進める。料理をすると意外と部屋の温度が上がる。
だから修理人は料理中には、食事をする部屋には入ってこない。
食事テーブルの前方が台所になっている為、むわっとした空気が立ち込めるのだ。窓を開けて換気はするが、この時期は蚊が多い。現在蚊取り用の薬を購入できていないので、刺されるのは嫌だ、と開けさせてくれないのだ。

ご多分に漏れず、今のこの部屋はかなり暑い。光熱費を減らす為に余り火を使わないようにしているが。

「それでも全くゼロとは行かないしな」

元々少年は料理が得意だった。手際の良さもぴか一で、村の祭りの時は良く借り出されあれこれと料理の手伝いをする位だ。修理人だけでなく、村の人間達にも頼られる事が、何となくどう説明つけたら言いか分からないが、

「これが、嬉しい事なんだ」

と考えていた。

だが、今日は少しおかしかった。何故か体が止まる事が多い。
しかも、突然ぴたりと。だが、目的がある為か、ちゃんと動きはする。結果に辿り着かなければならない、と体の奥がそう命令するからだ。それ従い、何とか作り上げる事が出来た。

「ふぅ…」

溜息をつく少年。でもまだやる事は残っている。盛り付けだった。すると、大体もう既に終わった時間だと思い、修理人が部屋に入ってきた。

「相変わらず暑いなぁ」
「…文句言うなよ、数分でいいから、開けていい?」
「うん、いいよ。これなら仕方がないか」
「…ありがと」

覚束無い足取りで、窓へ向かう。少年は自分が地に足を付けて立っているのかどうか、少し悩んだ。
だが、心配をかけるのが嫌だったので無理やりに体を動かしていた。

(遠い…)

こんなに窓までの距離は遠いのか。ぎしぎしと言う床の音が、何時もより大きく聞こえる。

「?」

修理人は、少年に近づきながら尋ねた。

「何処か悪いのかい?」
「…いや…べつに…だいじょうぶ…」

ふらふら足取りを見て大丈夫な筈ないともう一歩進んだ時。

「あ…」

少年が体制を崩した。ゆっくりと木製の床が視界に入ってくる。

「危ないっ!!」

距離が近づく。世界に霞が掛かっていた。

(ぶつかるな…)

そう考えていた少年の予想は、外れた。

(やわらかい…)

視界が先程よりハッキリしてくると、目の前は見た事ある布だった。

「大丈夫?」

顔をゆっくり上げると、修理人の心配した表情が飛び込んでくる。
こくりと頷くと、安心した色を浮かべた。まだ上手く立てない少年に、修理人は優しく声を掛ける。

「安心して、後でちゃんと診てあげるから」
「ん…」

数分が経過して、全快はしなかったが動けるようにはなった。もう大丈夫と伝える、と修理人は少年の脇を支えるようにして立たせてくれた。

(あれ…?)

立ち上がる直前、少年は妙な違和感を感じていた。床に手を着いて立ち上がった時に気がついたのだ。濡れているはずのない床が、濡れていた。

良く見ると、濁った色があった。使い古された茶色にまぎれて、赤褐色が珠になって見えたのだ。はたと気が付き、少年は手を見る。
擦ったような赤。足元に視線を落とす。そこには、あるはずのないものがあった。刃に紅い糸が、血の付いた、料理包丁が落ちていたのだ。

水滴の音を聞いた。だがそれは想像だったのかもしれない。そんな音が聞こえるはずはない。目の前の修理人を注視した。上半身下半身には何もない。視線を下へ動かしていくと、水滴が床に落ちて広がっていた。

「ご、ごめんっ。す、直ぐ手当てするから」

左手の親指と人差し指の間から掌にかけて、かなり深く切れていた。