機械廃棄人壱と半分-二十三夜-
その表情を見て怒る気力も失せた少女は、ベンチから降りた。すたすたと歩いていく姿を見て慌てて廃棄人は立ち上がり後を追う。少女の歩幅は現在の衣装の為か、小さい。廃棄人のも通常よりは小さいがあっさりと追いついた。横を見上げて悔しそうなのをなるべく受け取らないようにして、少女の歩幅にあわせて歩く。
(こう言う場合は…)
廃棄人は次に掛ける言葉を必死に探していた。間違えたものを選択すれば怒りは更に大きくなる。
「お、面白かった?」
「貴方の言う面白いと言う本ではないわ」
「…そ、そうか…」
数十秒、無言のまま祭りの中心になっている通りに向かっていた。
「ゆ、有名な本なのかい?」
「そうね。昔書かれた御伽噺みたいなものね」
「…そ、そうか…」
又無言のまま時間が過ぎていく。ちらり少女の方を見ると、真っ直ぐ行く先だけを見ていた。
(駄目だ…次の言葉が浮かばない…)
心の中だけが焦っていく廃棄人。
街の喧騒が眼前に広がる瞬間、少女は足を止めた。
「ちょっと!どうしてもっと聴かないのよ!!」
「…え?」
止まった事に気が付かず十歩程通り過ぎて締った廃棄人は慌てて後ろを振り返る。少女の怒りは頂点に達しているように見えた。確実に、沸点に到達している。
「細心の注意を払って観察し、それを蓄積して行く。そして、今相手が何を欲しているかを先手先手で導き出す事が重要だ」
以前、廃棄人の先輩であるJIGに言われた言葉だった。小さなお姫様は、この本の話をしたくてうずうずしていたのだ。後日分かる事なのだが、彼女が読んでいた本は、児童文学で挿絵の美しさで有名となり、内容も児童向けなのに大人が読んでも嵌る、と言う事で世間に広まり映画化が決まる、と言う話題作だった。流行に疎く、自分とは真逆の存在である少女の性質に気が付けなかった廃棄人は「駄目烙印」を押される結果となる。
二つの鐘が、六つ空に音を響かせた。祭りも終わりを告げて、道に出ていた店も片づけを始め、又あちこちで掃除が始まっていた。結局少女の気持ちに気が付けなかった廃棄人は、怒り心頭の少女の後姿をガックリ肩を落としながら歩くしかなかった。ずんずん先を行く小さな影に何も言葉をかけられず、まだ次の言葉を探していると言う体たらく。この事も怒りの理由だと気がつけない彼であった。
はぁ、と力なく溜息を付いて、歩みを止める。空を見上げると、西の空が少しだけ薄く橙色に染まっていた。衣装とお祭りに出かける事で少女の機嫌は直った。何時もの声色を聞けて嬉しかった。
(…だが…)
頭を抱えたくなる程の、自分の不甲斐なさを呪いたくなる一日になってしまった。はぁ、と先程よりも深く溜息を付いて歩き出す。
ぽすん、と何かにぶつかった。前方を見ていなかったのが原因だ。
「あ、す、すまない…」
謝りながらぶつかったものを確認しようとすると、それは歩みを止めていた少女だった。硝子の向こうを見ている。彼女の視線の先に意識を沿わせる。そこには小さな小瓶が合った。ごつごつした印象はなく、栓の両端には小さな翼がちょこんと付いている。そこには小さな何かを通す為の輪が付いているのが見えた。どうやら、そこに細い鎖を通せるようだ。硝子自体はその奥までが見える程の透明さが伺えた。少女はじっと見つめて、動かない。
数分後、溜息を付きぺたぺたと自分の部屋がある建物を目指して歩みを進めていた。廃棄人に気が付かなかったようだ。
その姿を見送った廃棄人は。
無言で店に入って行った。
雨の季節に終わりを告げた空の下。仕事が休みの日。廃棄人は少女に丘に出かけようと前日に誘っていた。少女からは疲れるから嫌、と我侭を伝えられた。それは勿論嘘で、その事を廃棄人は理解していた。少女の付く「嘘」を十回に二回は見破れるようになったのである。全く出来なかった彼からすれば、十分な成長だった。
「準備いい?」
待ちきれない声を出し、少女は玄関先で振り返る。しゃらん、と鎖の音がした。胸には、透明な硝子のペンダントが飾らされている。
「あぁ…」
廃棄人は少女の前に膝を付き、右手を前に差し出す。満足気に小さな左手を乗せ、扉を開ける。青空が広がり、白い雲が流れる。光の中へ二人は溶けていった。
作品名:機械廃棄人壱と半分-二十三夜- 作家名:くぼくろ