キジと少年
ところがその前に、夕方、外から帰って来た省吾が机について宿題をしようと自分の筆箱を開けて、すぐに気が付いてしまった。お気に入りの鉛筆が一本消えてしまっていることに――。
「ない。おらの鉛筆が、お気に入りの鉛筆がない!」
勇人は居間でテレビを見ていたので、省吾の声が聞こえていなかった。
そこへ畑仕事を終え、疲れ果てた様子で陣伍と芳恵が帰って来た。
ガタガタッという立て付けの良くない戸を開けた音と共に、両親が帰って来たことに気づいた省吾は、早速二人に鉛筆が行方不明になったと訴えた。
「おらの鉛筆がなくなったよー!」
「本当にないのかい? 大方机の下にでも転げ落ちてるんじゃないのかい?」
芳恵が面倒くさそうに言う。
「そんなことないよ! 机の下も探したけどないんだ。 おらの一番のお気に入りのやつなんだよー」
省吾の言葉尻はすでに泣き声に変わりつつあった。
「芳恵、ちょっと見てやれや」
陣伍にそう言われると頷かないわけにはいかない。
「もう、仕方ないねぇ」
そのままくたびれた足を引きずるようにして、省吾を引き連れ子供部屋に入った。
しばらく机の周りを一緒になってガサゴソ探してはみたが、やはり見つからない。
「仕方ないから、諦めるしかないね、省吾」
「えぇーっ、だったら新しいのを買ってよう」
省吾は芳恵の畑作業で薄汚れたズボンに縋り付いて駄々をこねた。
「鉛筆は他にもあるだろう? わざわざ買わなくても……。うちにはそんな余裕はないんだから――」
「嫌だ、いやだ、イヤダー!!」
省吾は芳恵の言葉を遮り完全に泣き出した。
「――もう! 聞き分けのない子だよ」
これまでの生活なら、鉛筆の一本くらいはいつでも買ってやれたのだが、勇人が来てからというもの、食費だけではない見えない小さなお金が、思っていた以上にあれこれ掛かるものだから、家計を預かる芳恵としては、例え可愛い息子の頼みでも心を鬼にするしかなかった。
それもこれも勇人を引き取ったばかりに――そう思うと余計に我が子が哀れに思え、同時に勇人に対しては憎しみのような感情が湧いてくるのだった。