キジと少年
勇人が引き取られた家の主人は中里陣伍〔なかざと じんご〕と言い、小さな畑で野菜を育て、その野菜を売って生計を立てていた。
その妻は芳恵〔よしえ〕。貧しい生活ながらも、彼女のおおらかな性格でその家には笑いが絶えなかった。
二人には一人息子の省吾〔しょうご〕がいた。勇人から見ると、二歳年上の省吾は言わば兄のような存在であった。
省吾は、それまでが一人っ子だったせいで甘えん坊ではあったが、最初の内、兄弟ができたと喜んでいた。
陣伍夫婦もやはり最初の内は、両親を一度に亡くした上、口も利けなくなった勇人に同情する気持ちもあったからか、とても優しく接してくれていた。
ところが人間というのは所詮、身勝手で薄情な生き物なのか、ただでさえ貧しい暮らしが、勇人が来たことによってその食い扶持〔くいぶち〕分が余計にかかることで、三人の暮らしが少しずつ圧迫されていくと、それに比例して、勇人に対する態度も少しずつ変わっていくのだった。
勇人と省吾は毎朝一緒に家を出て、村の中央にある小学校へ通っていたが、所詮小さな村のことゆえ、人数の少ないこともあって、一年と二年、三年と四年、そして五年と六年の各二学年が一つの教室の中に収まっていた。
勇人は二年生、省吾は四年生だったからクラスは別々である。
ある日のこと、学校から帰った勇人が宿題をしようと、ランドセルから宿題のプリントと筆箱を出して居間のテーブルの上に広げ、さあ答えを書こうと鉛筆を取り出すと、どの鉛筆も短くて、もうとても削れないほどになっていた。
仕方なく省吾に鉛筆を借りようと思いついて子供部屋を探したが、省吾は表に遊びに行ってしまったのか姿が見えない。
ふと見ると机の上に省吾の筆箱が置いてあった。さして深く考えることもなしに、勇人はその筆箱を開け、中に入っていた鉛筆を一本手に取った。それには、その頃少年たちに最も人気のあったテレビ番組のキャラクターの絵が入っていた。
勇人はもちろん、使い終わったらすぐに返すつもりでその鉛筆を持って居間に戻り、宿題を済ませたが、その後うっかりそれを自分の筆箱に入れてしまった。
どちらにしても、勇人は新しい鉛筆を買ってもらうつもりでいたので、そのことを夕飯の時にでも芳恵に話すつもりであった。もちろん筆談で。