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てっしゅう
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「不思議な夏」 第十三章~第十五章

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「志野・・・あなたがいてくれなかったらきっと私は入院せずに仕事を続けていたわよね・・・元気になれたら、あなたは命の恩人ね・・・どんなに感謝していいのかわからないね」
「お母様、そのような事仰らないで下さい。祖母様から連なる命の鎖が私に繋がれていた事が嬉しゅう存じます」
「志野・・・あなたはそれほどまでに・・・」
あとは言葉にならなかった。

志野は、はっきりと自分の身内が小百合につながっているだろう確信を持っていた。遺伝子のつながりをこの後知らされることでそれは事実に変わった。

貴雄は志野を一人にしておきたくなかったので、自分も勤め先に休職願いを出して佐久間屋に出向いてきた。数日振りに再会した志野は忘れていた自分を取り戻した。貴雄の体に触れて強く自分を感じた。傍に居てくれることで安心感があることも嬉しく感じられた。

土曜日は志野と貴雄、それに宮前医師も同席して治療のコンセンサスが始まった。一通りの結果と状況の説明を受け、その後で治療の方法について意見が出された。決定ではない。あくまで患者の意志を優先して治療をするのである。死の選択はないが、治療方法の選択はあるのだ。そのことを納得するまで話し合うのが、コンセンサスである。

小百合は一般的な肝炎からの進行したガンではなかった。転移は認められなかったものの、部位の大きさと進行状況は深刻であった。聞いているうちに小百合は顔色が優れなくなり、ふらつき始めたので、一時中断をして点滴を受け、夕方に再開する事で解散した。

病室のベッドで小百合は心細い声で志野に話しかけた。
「恥ずかしいわね・・・こんな事になって。気丈に生きてきたのに、情けないったらないわ」
「お母様、仕方ありませんわよ。あんなお話しを聞いたんですもの・・・私でも倒れてしまいますわ」
「そう?あなたは大丈夫よ、私とは違うもの。ねえ、貴雄さん?」
貴雄は少し笑い顔で、
「どうでしょう・・・志野にはどんな時でも・・・と言う覚悟はあるようですが、もう少しいじらしくてもいいのかも知れませんね」
「ホホホ・・・貴雄さん、お上手に仰るのね。いじらしくですか・・・私には今の若い方よりいじらしく感じますが、ねえ志野?」
「お恥ずかしいです・・・強がりばかりの私ですので。でも、貴雄さんの前ではいじらしくしているつもりですが、ダメですか?」
「まあ、志野ったら、こんな時にのろけちゃって・・・羨ましいこと。子供なんかすぐに出来ちゃいそうね、ハハハ・・・」

少しなかった笑い声が小百合から聞かれた。ドアーの入り口で立ち止まって聞いていた理香は、その光景に安心感を覚えた。

中に入ってきた理香の姿を見て、小百合は話の続きを聞かせて欲しいと願い出た。院内通信が出来るピッチで安藤に連絡をして、再び診療室でコンセンサスが始められた。

はっきりとそして丁寧に話をする安藤に小百合は信頼を寄せるようになっていた。志野も良い医師を紹介してもらえた事を理香に感謝した。話し終えて最後に小百合は、「安藤先生に全てをお任せします」と言い切った。

「では、早速かからせて頂きます。ナースセンターで入院の手続きを済ませて、今日はゆっくりと休んでください。明日からの治療については順次ご説明しながら進めてゆきますのでご了承してください」安藤はそう言うと宮前に何か話してから、頭を下げて部屋から出て行った。志野は一緒にナースセンターに行って入院の注意を聞いた。しばらくして案内された病室は4人部屋で、同じ病状の人達が入院していた。安藤は内科医だったが、宮前の推薦もあって今回は主治医に納まった。

廊下で貴雄と理香が話をしていた。
「志野さん、成長したわね・・・もうすぐ挙式でしょ?早いものね」
「先生、そうなんですが、この状況で式はいかがなものかと思っているんです」
「そうよね、予測だけど、しばらくかかりそうだから、4月に挙式は難しいわね」
「やはりそうですか・・・志野も多分そのような気持ちにはなれないと思うんです。そう考えると少し延ばそうかと・・・」
「あなたたちはもう実質、夫婦みたいじゃないの?佐久間さんのところに住んでいるんでしょ?」
「ええ、そう言われるとそうですが・・・」
「じゃあ、届けだけ出して、落ち着いたら身内だけで式を挙げればいいんじゃないの?」
「考えて見ます。志野と相談してそうするかも知れません。ところで、安藤先生の診立てはどうなんでしょう?正直なところ・・・」

少し間をおいて、宮前は話を続けた。

「言えないのよ、患者さんの権利を守る義務があるから。実の息子さんでも、本人の了解がないと話せないことがあるの・・・意識がなかったり、緊急を要する時は別ですけどね」
「そうですか・・・では、志野に話す事は出来るのですか?」
「今ナースセンターで多分保証人の項目に署名していると思うから・・・未成年だけど、他に身内が居ない場合は仕方ないから、許されるわね」
「二人は本当の親子ではないんですけど、その場合でも大丈夫なのですか?」
「身元保証というのは治療代の未払いや延滞に関して責任を取ると言う主旨だから、夫や妻、両親兄弟、親戚じゃない人なら、未成年や未就労はダメなの。でも、誰もいない場合に、じゃあ診察は出来ませんのでお帰り下さい、とは日本では言えないのよね。本人との話し合いで適切と判断された場合だけ了承されるのよ。多分志野さんは認められていると思うわ。それに、私が口添えしておいたから多分大丈夫・・・」

理香は志野が小百合の世話をする唯一の人になる、と病院事務に話してくれていた。院外の人間だったが、安藤医師との繋がりや、神経内科の優れた医師であることが知られていたから、粗末に扱えなかったのであろう。どこの世界でも実力はものを言うのだ。

「理香先生、ありがとうございます。あんなことのご縁で親切にして頂き感謝しています。どうお礼を言ったらよいか解りません・・・」
「あら、殊勝なのね、ハハハ・・・私はあなたが好きなだけ、それでいいじゃない、世話好きという事で済ませておいて・・・内緒よ、今言った事は。お願いね」
「はい、先生。嬉しいです・・・」
「じゃあ、志野さんの傍へ行ってあげて。小百合さんの事はそのうち志野さんを交えてお話しましょう」

意味深な言葉を残して理香は貴雄から離れていった。病室に行き小百合と志野に付き添った。長い闘病生活が始まるのかと、少し憂鬱な気持ちになっていた貴雄は、理香の言葉に複雑な思いを感じていた。

貴雄は志野との挙式を取りやめることにした。招待状を発送した全てに連絡をして、状況を説明した。伯父も伯母も了承した。式場もキャンセルを快く受けてくれた。