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てっしゅう
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「不思議な夏」 第十三章~第十五章

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「はい、そうです」
「どんな感じ?お腹が痛いとか、胸が苦しいとか、解らなかった?」
「そう言えば・・・お腹を押さえられていたように見受けられました」
「それで、そのまま横になられたのね?」
「はい、そうさせてもらうと仰って・・・」
「明日ちょっと調べてまた電話するけど、近いのは上田市よね?」
「はい、そうです」

宮前は知り合いの医師を探して連絡するといってくれた。翌朝、元気になった小百合はいつものように支度を始め、志野に昨日の事を感謝した。
「ごめんなさいね、あなたに色々とさせちゃって。もう大丈夫だから、心配しないで」
「お母様、お願いがございます。私が安心できるように、一度お医者様で診てもらって下さい。幸い知り合いが居りますので、昨夜頼んでおきました。連絡が来ましたらご一緒しますから・・・」
「志野、大丈夫よ。ほらどこも痛くなんかないしね。大げさにしないで」
「私は心配でございます。念のため紹介して頂ける病院にご一緒なさってください。志野はそうでないと帰れませんから」

強い志野の希望で小百合は渋々納得した。
昼前に宮前医師から電話が来た。連絡しておいたから、上田市の厚生病院に行くようにと指示された。二人は小百合の運転する車ですぐに向かった。好意で昼の時間を延長して診てもらえることになった。

「宮前医師から紹介していただきました安藤先生をお願いします」志野は受付でそう言った。ちょっと強面の40ぐらいの男性が現われて、ニコニコしながら志野に向かって、「あなたが志野さんですか・・・伺っておりますよ。綺麗なお嬢さんだ、理香の言うとおりだな、ハハハ・・・ところでお母様はどうされたのかな?」

病室に通された小百合は診察を受けた。

志野は待合室の椅子で心配そうな表情を見せていた。悪い予感がするのだ。胸をぎゅっと締め付けられるような感覚と遠くで自分を呼ぶ小百合の声が聞こえるような錯覚を感じる。

直ぐに安藤医師が出て来て、「精密検査をするから、少し時間がかかります。そうだなあ・・・1時間ぐらいかな。それまで時間を潰してきても構いませんよ」そう声をかけてくれた。志野は待っていますと答えて、そのまま椅子に座っていた。小百合は看護士と一緒に地下にあるMRIの部屋に案内された。腹部の映像を撮るためだ。笑って見せたがどことなく不安げな表情が読み取れる。小百合は自分で気付いていたのかも知れない、後でそう知った志野であった。

安藤医師は診察室に二人を招いて説明を始めた。
「まず、佐久間さん、お伺いしたい事があります。こちらの木下さんをあなたの親族としてこれからのお話を進めてゆく事を承認なさいますか?」
「ええ、私は一人身で両親も居ませんので、正しくは身内ではありませんが、娘とおなじように思っておりますので、構いません」
「では、続けさせて頂きます。先程の機械で佐久間さんのお腹をちょうど輪切りにしたように断面写真を撮らせて頂きました。ごらん下さい。初めが胸の下辺り、終わりが肛門の辺りになります。宜しいですか?」

志野は初めて人の身体の中がこのようになっている事を知った。小百合もその映像をじっと見ていた。
「黒く写っているのは肝臓です。この部分を見て下さい。白くいくつかの丸いものが写っていますね?これです・・・」その部分を安藤は指差した。
「先生、なんでしょう?あってはいけないものなのですか?」小百合は尋ねた。
「はい、普通は血管部分以外に白く写るものは無いはずです。詳しく調べないと断言は出来ませんが、なにか腫瘍のような物があると考えられます」

腫瘍?それは何を意味するのだろうか・・・志野は解らないので聞いた。
「なんでしょう、お母様の病気は?」

「考えられるのは・・・悪性新生物、つまりガンになっているかと疑われます」
「ガン!先生、私がガンですか?」
「断言は出来ません。生検をして見ないと判断できませんので、今日は入院して下さい。明日、部位に針を差してその部分を掻き取り顕微鏡検査をします。同時に血液検査もして腫瘍マーカーを調べますので、宜しいでしょうか?」

小百合は志野と顔を見合わせて、首を横に振った。
「お母様、いけません。私が宿の事は何とか賄いますので、先生の仰るとおりになさってください」
「志野、急には無理よ・・・時間置いてまた来るから、先生それで宜しいですよね?」

安藤は首を縦に振った。
しかし、志野は断った。かなり強い口調で小百合に向かって話した。
「ダメです!このまま入院なさって下さい。直ぐに調べて頂いて治療をなさらないと取り返しのつかないことになりますから。志野は今日ばかりは誰にも譲りません。お願いですから、言う事を聞いて下さい」

圧倒されるその口調に、小百合は怯んだ。本当に自分の事を思っていてくれる事が嬉しかった。この子に逢えて本当に良かった。居なくてこの宣言を受けたら・・・多分放心してしまったであろうから。
「解りました。志野の言うとおりにするわ。先生、よろしくお願いします」
「任せて下さい。志野さんは素晴らしい娘さんですね。感動しました。母を思う気持が伝わります。治療を始めるに当って、必要であれば理香も呼びますから、ご安心なさって下さい」
「理香さんって?志野の知っている先生?」
「はい、確か神経内科の医師でしたね・・・安藤先生?」
「そうですよ。よく覚えてらっしゃいましたね」
「お母様、ご安心なさって、とてもいい先生ですから。美人で頭も良く、女性として尊敬できる方ですの・・・」

安藤はなにやら恥ずかしそうな表情をした。実は、宮前医師が好きだったのだ。宮前理香はそれに気付いていて紹介した。

小百合の治療を考えて佐久間屋は一時休業する事になった。幸いこの時期泊り客が少ないことと、予約がまばらであることが幸いした。志野は貴雄に電話して状況を話し、しばらく帰れないことを伝えた。同時に、この先のことも考えて、仕事は退職を願い出ることも許しを得た。

検査を終えた小百合は安藤医師から、治療に関してのコンセンサスを得たいから週末土曜日に入院の用意をして来院して欲しいと話された。一旦家に戻ってこれからのことをみんなで話し合った。仲居さんと板前さんには春先の再開まで休んでもらうことにした。泊まりの予約客には代理店と個人両方に小百合本人が電話をしてキャンセルをして頂く事にした。母と二人で頑張って支えてきた佐久間屋だったが、初めて休業をする事態になってしまった。

こんな時に独り身であったことが身にしみて小百合はつらく感じた。誰でも良かったのかも知れない。やがて子供が出来て、忙しい思いをしていたら夫婦なんてそれなりにやって行けるのだろう、きっと。みんなそうしていると聞いたら答えるだろう。自分がこだわったのは夫婦のあり方ではなく、祖父の思いを叶えるための旅館業だったのだ。その思いがいい加減な結婚を否定し、家業に専念する時間を優先させたのであった。

志野に出会って、自分の後継者だと直感した。恐ろしいほど祖母に似た顔立ちの娘が尋ねてきたあの日から、今日のこの事態が偶然ではなかったように感じられる。