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てっしゅう
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「不思議な夏」 第十三章~第十五章

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「はい、それならそう言う事で・・・ありがとうございます」

四人はテーブルを囲んですき焼きを食べた。志野はやはり牛肉に慣れないのか、野菜と豆腐ばかり食べていた。瑠璃が、お肉は嫌いなの?と聞いたので、うん、と答えた。貴雄がたくさんの肉を食べているのを見て、男の人だと志野は強く感じていた。食生活が少し変わってきて太りやすくなっているのに志野は気付き始めた。自分らしさを無くさないようにと、食べすぎと肉や脂類を控えることを心がけていた。

「瑠璃ちゃん、志野はね、太りたくないからお肉を食べないんだよ。偉いでしょ?」
「貴雄お兄ちゃん、そうなの・・・ママもそうしたら?綺麗になる?」

亜矢は瑠璃の顔を見て、そんな事を言うんだと驚いた。
「瑠璃ちゃん、ママはそんな事をしなくても十分綺麗だよ」
志野は笑ってそう話した。

志野は決めた事を話さないといけないとそのタイミングを見計らっていた。貴雄が今年は瑠璃ちゃんも学校だね?と尋ねたので亜矢に話しかけた。

「私と貴雄さんの結婚式の頃は学校に通うんだね。早いものね、少しは楽になりますね」
「そうね、瑠璃が落ち着いたら仕事を探そうかと思っているの。これから何かとお金がかかるからね。志野ちゃんは子供が出来たら仕事は辞めるのよね?」
「はい、そのつもりです。まだお世話になったばかりですが、育児に専念したいです。早く母になって本当の家族になりたいって・・・」
「今でも志野ちゃんは貴雄さんの妻よ。何言ってるの・・・」
「もちろんです。私は自分が母親に恩返しをしてあげれなかったから、その分子供が出来たら尽くしてあげたいって思うんです。それに、自分の事を娘のように思っていただける方が居まして、その方のお世話もしてあげたいと願っています」

亜矢は、ピンと来た。

「旅館の女将さんね・・・小百合さんと言われたかしら」
「はい、そうです。いろいろと話をしたら、とても私と縁があって、先様もそう感じて下さって・・・今では他人とは思えない感情があります。貴雄さんにもお話して理解して頂きました」貴雄が言葉を遮るように口を挟んだ。

「亜矢さん、突然ですが結婚したら僕たちはここを出て真田村に行こうと思っています。志野にはそれが一番だと決めたんです。瑠璃ちゃんやあなたと別れてしまうことは辛いですが、理解してやって下さい」

亜矢の目から大きな涙の粒が零れ落ちた。瑠璃も母親が泣いているのを見て同じように泣き出してしまった。

志野は泣いている瑠璃を見て辛くなった。子供が出来たらお姉ちゃんになる!と喜んでくれたのに、離れて暮らせばそれも感じられなくなる。この世界へ来てまだ短い時間の中であったが、本当に仲良くなれた瑠璃と亜矢親子と離れる事は悲しくそして辛く感じられる。

今までにも親や兄弟、親戚、師匠や仕えていた女官達などと悲しい別れを幾たびとなく経験して来たが、違った意味で二人との別れは身に沁みる思いを感じられた。

「亜矢さん、わがままを許して下さい。自分にはどうしても守らないといけない事があるような気がして、この地を離れる決心をしました。貴雄さんにも無理を押し付けたようで心苦しいのですが、そうさせて下さい。瑠璃ちゃんが大きくなったら是非遊びに立ち寄って下さい。こちらへ来たら必ず立ち寄りますから・・・」
「しいちゃん・・・瑠璃はママと頑張るから、心配しないで。きっと遊びに来てね」
「瑠璃ちゃん・・・約束するよ。まだ少しここに居るからいっぱい遊ぼうね!」

女の子はしっかりしている・・・貴雄はそう感じた。ませているといえばいいのか、まだ小さいのに驚かされる。すっかりお腹も膨れて、夜になったのでさようならをして自宅へ戻った。志野は瑠璃のしっかりとした言葉が忘れられなかった。きっと、母親を悲しませないようにと頑張ってそう言ったのであろう。若い頃の自分と重ね合わせて、本当は淋しかったのに言えなかった事を思い出していた。後から後から零れ落ちる涙に疲れきった身体を、貴雄は強く抱きしめて慰めてくれた。

「これでいいんだよ。はっきりと話して良かったよ。明日からお互いに向かう方向がはっきりとするから。なあ、志野?そうだろう」
「はい、言われるとおりだと思います。いつも私のためにお心遣いしてくださり、感謝に耐えません。貴雄さんに出逢えた幸せを忘れる事はありません。これからもよろしくお願いします」
「志野・・・キミを好きになってよかった。ボクの志野で良かった。一生傍に居てくれ!変わらずに愛してくれ」
「はい・・・」その先は言えなかった。

休みが明けて志野は初出勤の日を迎えた。挨拶が済んで、支配人に自分と貴雄の結婚式をここで挙げたいと申し出た。支配人は伊藤オーナーから聞いていたので驚かなかったが、従業員のみんなはそれぞれに驚き、そして祝福してくれた。

「木下さん、おめでとうございます。若いのに立派ね。お相手の男性が羨ましいわ・・・きっと綺麗な花嫁さんになるわよ、ねえ、みんなそう思うでしょ?」
少し年配の女性社員がその場に居た数人の社員にそう話しかけた。相槌を打って全員納得の表情を見せた。

「皆さん、ありがとうございます。まだ入社したばかりなのに、身勝手を言わせて頂き申し訳ございません」志野は自分がそのタイミングで仕事も辞めることも付け加えていた。

「そう、残念よね。仲良くなれたばかりなのにね・・・ご主人甲斐性がおありなのね。たいしたものだわ」
「いえ、私のわがままを聞いて頂いたのです」
「ねえ、志野さんはどちらへ住まわれる予定なの?結婚してから?」
「はい、上田市です」
「親戚が居られるの?」
「いいえ、ご縁が出来た旅館に参ります」
「旅館?女将さんになるの?」
「解りませんが、そうなると思います」
「ご主人になる方、納得されているのね?」
「はい、そう言って頂きましたから・・・」

驚いたようにその場に居た社員達はいろんな事を聞いてきた。一つ一つ返事をしながら、その日は仕事をしたというよりも、志野の話題で一日が終わってしまった。家に帰って貴雄に会社での事を話した。ニコニコしながら「そうか、話したんだ。驚いていただろうなあ・・・志野はまだ15歳だからな」
「ええ、そのようでした。でも皆さん喜んでくださって、とても嬉しかったです」

志野には何もかもが自分の思うとおりになってゆく事が、とても信じられなかった。悪い事が起こらなければいいのに・・・とさえ感じるようになっていた。

正月気分も終わって暦は二月に変わった。二人の結婚式を縁起が悪いといわれる4並びの数字をあえて選んで、4月4日日曜日にすることに決めた。深い意味はない。貴雄も志野も縁起にこだわりを持っていなかったのと、その日しか志野が16歳になる直近で予約を取れなかった事も理由ではあった。

貴雄は仕事関係の数人と伯父伯母に招待状を出した。志野は貴雄と相談して、小百合、千葉夫婦、美香、志津枝、佐伯親子、宮前医師、そして仕事先の支配人に招待状を出した。両親が居ない二人にはこのぐらいの小さな結婚式で十分だった。初めは入籍だけで済ませるつもりでいたが、伯父の泰治に「志野さんの花嫁姿を天国の両親に見せてやれ」の一言で式を挙げる事を決めた。