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てっしゅう
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「不思議な夏」 第十三章~第十五章

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「はい、そうですね。少し長湯をしてしまいました」
「明日の朝は皆さんでお雑煮を食べて頂きますから、私もご一緒させて頂きますね」
「母様、朝の支度を手伝わせてください。志野は少しでも一緒の時間を過ごしたく思います。貴雄さんには申し伝えて来ますから」
「志野・・・ありがとう。そうね、あなたがそう言うなら、そうしましょう。6時に台所に来てください」
「はい、伺います。どんな格好で行けばいいのですか?」
「着物着たい?」
「はい、出来ればお正月ですから」
「そう、じゃあ、選んでおくから私の部屋で着替えて頂戴。きっと似合うものがあると思うから・・・楽しみね」
「では、6時前に伺います。お休みなさいませ」
「お休み、志野」

小百合は部屋に帰って明日の着物を選んでいた。一番奥に仕舞ってあった、母が毎年正月に着ていた小紋を出して懐かしそうに見ていた。

部屋に帰ってきた志野は貴雄に明日の朝、小百合の手伝いをする事を話した。
「貴雄さん、志野は朝、母様の手伝いをしとうございます。6時前には支度をしますので、気になされずに休んでいてください。わがままを言って申し訳ございませんが、そうさせて下さい」
「わかったよ。志野がやれることをやればいいから。ここではボクに構うことなくしたいようにすればいいよ」
「ありがとうございます。では、休ませて頂きます」
「ああ、ボクも寝るよ」

目覚ましをかけることもなく、時間に目覚めて、志野は部屋を出て行った。小百合の部屋に入ると自分の着る着物が掛けてあった。
「おはよう、志野。さあ、これを来なさい」
「おはようございます。これは・・・とても素敵な柄ですね」
「古いけど、亡くなった母が毎年着ていたものなの。帯はお正月だからこの金糸のものがいいわね」
「はい、着させていただきます」

さっさと脱いで襦袢を着て、志野はあっという間に羽織っていた。着れるだろうと思っていた小百合もこれ程とは、驚かされた。帯も綺麗に締められており、なかなかどうして若女将のような出で立ちに見えて、小百合は目を細めていた。母が生きていて志野の姿を見たら、きっと「お母様!」と声を上げたに違いなかろう。それほど、祖母と面影が似通っているのだ。

「皆様、明けましておめでとうございます。本年も変わらず佐久間屋をご贔屓戴けますよう、よろしくお願い申し上げます。今雑煮を出しますので、お餅のお代わりがご希望でしたらお申し付け下さい」小百合の挨拶に続いて、志野が膳を運んできた。

「志野さん!いや~素敵な着物だなあ。まるで若女将のようだ」
千葉はそう言った。その場にいた客の全員がそう感じたのだろう。相槌を打つように頷いていた。

全員のテーブルにお雑煮が運ばれ、女将と志野も席に着き、新年の挨拶が交わされ、おめでとうございますの合唱に続いて箸を進めた。こんがりと焼いた餅とだしの利いた汁が正月というムードをより強く感じさせてくれた。重箱に入っている黒豆や田作り、酢の物、かまぼこ、昆布巻き、煮しめ、そして数の子と彩りよく並べられて、家庭に居るのと変わらない膳を味わうことが出来た。

「志野、よく似合っているな、その着物。女将さんのかい?」貴雄は聞いた。
「いえ、小百合さんのお母様の着物だと伺いました。何でも毎年お正月に着ておられたそうです」
「そうか、思い出の着物だったんだね」
「光栄ですわ、私なんかが着せていただかせて・・・」
「それだけ、志野のことを思っておられるのだよ。偶然とは言え、大切な出会いになったな、小百合さんとは」
「はい、そう思います」

志野の傍に美香が寄ってきて、
「ねえ、志野。私にも着物着させてよ、女将さんにお願いしてもらえない?」
「ええ、頼んでみます」
小百合は二つ返事で引き受けてくれた。食事が済んで、志野は美香を小百合の部屋につれて行き、箪笥の中から好きな柄を選ばせて羽織らせた。

「これがいいわ」志野が着ていたのとよく似た小紋の留袖を選んだ。帯を合わせて、着付けを済ませると、それまでの美香には無かった情緒ある雰囲気が出て、みんなをびっくりとさせた。

「孫にも衣装とはこのことだな、ハハハ・・・びっくりしたよ」千葉は見るなりそう言い放った。
「先生!今年も言い過ぎていますよ、もう、自粛なさってくださいね。奥様、怒ってくださいませんか?」妻はニコニコするだけで、夫はそういう人なんだから、と言いたげな表情であった。

しばらくして、貴雄は「初詣に行こう!」とみんなを誘った。お酒が入っているのでジャンボタクシーを呼んで志野、美香、千葉夫妻、それに小百合を合わせて6名で真田家縁の長谷寺に向かった。上田駅の近くにある芳泉寺の方が有名で立派だが、小百合は志野への気遣いから、昌幸が眠る末寺を選んだ。

「長谷寺に向かっているんですね・・・」志野は聞いた。
「ええ、そうよ。ご存知でしょ?」小百合は返した。
「はい、幸村さまのお爺様一徳公さまが菩提寺です。真田家の一門はみんな知っています」

戦国の世に名を派した真田家とは思えないほど質素でこじんまりとした菩提寺であった。徳川の目を気遣いながら守られてきたのであろう。元日の朝に訪れる人影もまばらで、6人はゆっくりと手を合わせることが出来た。裏庭にある幸隆・昌幸の墓に手を合わせた。墓石に幸村の名前は無かった。

「幸村さまはこの地に眠っては居られないのですね・・・小百合様は御存じないでしょうか?」
「聞いてはおりませんね。歴史の事は貴雄さんがお詳しいのではないかしら」
貴雄の方を見てそう言った。

「ボクですか?・・・う~ん、たしか、幸村にはたくさん子供がいて、そのうちの阿梅という娘が片倉家に入り血筋を続けていると記憶していますが、仙台藩お抱えですね」
「貴雄さん!それは本当ですか?」
「調べてご覧、確かそうだったような気がする」

志野は、一徳公夫人・一徳公・千雪公(昌幸)と三つ並んだ墓の前で、経を読み上げ供養した。この地を訪ねて色んな人から幸村の勇姿を聞かされる。後世にこれほど名を残した真田家の一族である自分が誇りに感じた。同時にその名に恥じぬように生きなければ・・・と改めて気付かされた。

志野は考えていた。ここに来てからずっと考えていた。小百合に自分の姿を重ね合わせて・・・貴雄には申し訳ないと思うのだが、自分の気持ちがどんどん大きくなってゆく。この日の夜になって思い切って話を切り出した。

「お話があります。怒らないで聴いて下さい」
「なんだい?改まって・・・」
「はい、志野は考えておりました。自分の生き方についてです。都会暮らしはある意味で魅力的ですが、ついて行けない事が多く戸惑います。なじめない部分も多く考えてしまう日もあるんです」
「そうなのか・・・無理ないことだとは思うけど、乗り越えないといけない事なんじゃないのかな。ゆっくりで構わないから」
「ええ、そう言っていただけると嬉しいです。でも、自分には時間が限られているとやはり思うんです。貴雄さんや宮前先生は考えるなと仰いましたが、解るんです・・・自分の身体ですから」
「なんだ、その事で悩んでいたのか。それは誰にもわからないけど、今考えても仕方ない事だよ。悩んでいたら先が持たなくなるよ」