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てっしゅう
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「不思議な夏」 第十章~第十二章

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「ハハハ・・・可笑しい。冗談が言えるようになったのね、志野さんたら」
「そんなつもりじゃないです・・・ねえ、貴雄さん?」
「さて、どうかな?最近変わってきたように思うときがあるよ」
「貴雄さんまで、そんな事を!・・・もう知りません」

ちょっと機嫌を損ねた志野ではあったが、話がうまく出来るようになったとはうすうす感じてはいた。

志野が始めて経験するクリスマスのシーズンがやって来た。勤務先のホテルも既に大きなツリーが飾ってあった。一日に何度か流れるクリスマスソングが耳にこびりつく。ジングルベルと聖しこの夜、それに、定番ソング山下達郎の・・・

何がウキウキするのか理解しがたかった志野も、だんだんムードに慣れて、その輪の中に入って行けるようになってきた。志津枝の誘いでイルミネーションを見に少し離れた三重県のテーマパークへ休みの日に出かけることになった。夕方から待ち合わせて、志津枝の運転する車に乗せてもらって向かった。貴雄は少し心配にはなったが、自分が着いて行く事をしないで送り出した。志野に初めて出来た友達だったから、大切にして欲しいとの思いも強かった。

人気スポットなのでこの時期平日でも既に駐車場は満杯状態であった。中に入ると、そこの景色は志野には信じられないものに映っていた。
「志津枝さん!すごいです。なんと言いますか・・・信じられない綺麗さです」
「ホントね!はじめて来たけど、これほどとは思わなかったわ」
二人は手を繋いで歩いていた。それは自然の行為で変な気持ちがあるわけではなかった。志野は志津枝の手を引っ張るようにして前へ前へ進んでゆく。
「志野ちゃん!そんなに急がないで。ゆっくり見ましょうよ」
「ごめんなさい、つい焦ってしまいました。そうですね。これはどうやって作ったのでしょう?知っていますか?」
「どうやって?電球を一つずつ置いていったんでしょうね、長い時間をかけて。この頃はどこでもやっているものね、こういうイルミネーション飾りをね」
「そうでしたか。人間が作り出すものって想像を超えていますね・・・」
「確かにそうね。子どもの頃には考えられなかったことだったんですから。十年で街の様子はすっかり変わって行くし、古き良き物は壊されてゆく。同じように心まで壊れて行かなければいいのに・・・って思うわ」
「志津枝さん・・・全く同じように思います。こうして二人でいることがなんだか嬉しいです」

恋をしている志野と、経験のない志津枝。しかし、その胸に存在する女心は大きく違わない。いにしえも今も・・・


-----第十二章 角間温泉-----

クリスマスイヴの夜、瑠璃にプレゼントを渡し、聖この夜を過ごした志野は、クリスチャンの祭典を何の違和感もなく受け入れていた。大阪城での暮らしで細川ガラシア夫人の話や、豊臣家家臣、木村清久などの熱心な信者のいることも知っていた。仏門に入っていたため関心はなかったが、女達の間では時々話題にはなっていた。仏に救われない身なら、いっそイエス様にお願いする事で救われたい、と願うことは戦国の世ではたくさんあったかもしれない。権力者の宗教であった仏教よりも、富める者、権力のある者、貧しい者、女子供、分け隔てなく受け止めるキリスト教の方が受け入れられるのは当然であっただろう。

小さなマリア像を見たこともある志野は、祈る気持ちに仏もイエスもその区別はないと思っている、いや、そう思えるのだった。自分が生きていることへの感謝を祈りに捧げて明日の無事を祈る、それは普遍的な繰り返しであり、人間にとって欠かせない営みであるからだ。

今いる社会は不自由もなく望めばほとんどのことが手に入る。しかし、人の心は荒んでいるように感じられるから、今こそ祈りの心が大切ではないのかと、思い初めていた。

部屋に戻ってきて貴雄にそのことを聞いた。
「私達の一日は仏様に手を合わすことから始まっていました。昨日までの恵みに感謝し、今日を迎える喜びに感謝し、明日の無事を祈る。今はそうされていないのですね?」
「志野、時代は大きく変わっているからな。生きることに心配がないから、宗教は形骸化したね。冠婚葬祭だけ。仏教の祭典も、神教の祭典も、キリスト教の祭典も、楽しみに変えている。日本は戦争に負けてアメリカからあらゆる文化を輸入した。クリスマスもそうだね」
「文化の輸入?考え方を変えてしまったと、いう事ですか?」
「そう言えるのかも知れないね。伝統を置き去りにして、新しい仕組みを受け入れたという事だね。それがこの国を世界第二の大国に押し上げた原動力にもなっていたんだけどね。影の部分もあるから、本当に良かったのかどうかは、疑問だね」
「難しい事は解りませんが、私は日本人でありたいと願っております」

志野が言った、日本人でありたい、それは貴雄の心に大きく響いた。

志野の母は真田一門の娘で、外から村にやってきた父親と結婚した。同じ村同士での婚姻は血を濃くし、一族の繁栄に事欠くからと頭領の昌幸は近隣の村から若者を迎え入れていた。角間渓谷での修行は足腰を強くし、俊敏な身体を作る。真田軍団が抜群の強さを誇ったのは、身体能力に優れた武将ばかりだったからである。

幼い頃から、常に争いごとに巻き込まれていた志野の家族は女子供とてその修行の対象外とはしていなかった。10歳を数える頃には大抵の男子と同等に戦えるほど体力と剣術を磨かされていた。志野も同じように父に鍛えられた。母は、仏への信心が厚く、毎朝夕に仏壇へ手を合わせ経を読んでいた。いつしか志野もまたそれに習って読めるようになっていた。

貴雄に助けられてもう半年が過ぎた。昔の事を思う日は少なくなっている。もう戻れないのだから忘れようとしているのかも知れない。いや、戻りたくない気持がそうさせるのかも知れない。目の前にいる貴雄と早く夫婦になり子供をもうけ、幸せな人生を全うしたい・・・それだけを望む日々に変わっていた。

志野の携帯が鳴った。画面を見て着信を確認するとそれは山田美香からだった。通話ボタンを押す。
「志野です・・・お久しぶりです、先生」
「志野さん、お元気?先生は辞めて・・・美香でいいから。今電話してても構わないかしら?」
「ええ、いいですよ、美香さん」

剣道の講師をしている山田美香からであった。正月はどうするのか聞いてきたのだ。来年から師の誘いを受け入れて東京に行くと話し始めた。
「志野さん、私ね、師のところへ行こうと思って・・・まだ結婚相手はいないんだけど、ご一緒して生徒さんの指導に当ってゆこうかと考えているの」
「そうでしたか。恩師も喜ばれますよきっと」
「ねえ、お正月休みだったらこっちへ来ない?ゆっくり話がしたいの。無理かしら・・・」

美香からの思いがけない誘いであった。

「美香さん、お正月は角間温泉に行くんです。ご存知ですか?」
「角間・・・佐久間屋さんですか?」
「はい、ご存知で?」
「もちろんです。お話した師千葉先生は毎年行かれていますよ。奥様と一緒に。そうでしたか・・・偶然ですね。では、私も同伴させていただこうかしら」